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歌稿B 大正十年四月


    伊勢。
 
     ※
 
763  杉さかき 宝樹にそゝぐ せいとうの 雨をみ神に謝しまつりつゝ
 
     ※
 
764  かゞやきの雨をいたゞき大神のみ前に父とふたりぬかづかん
 
     ※
 
765  降りしきる雨のしぶきのなかに立ちて、門のみ名など衛士は教へし
 
     ※
 
766  透明のいみじきたまを身に充てゝ五十鈴川をわたりまつりぬ。
 
     ※
 
767  五十鈴川 水かさ増してあらぶれの人のこころもきよめたはん
 
     ※
 
768  みたらしの水かさまして埴土はにをながしいよよきよきとみそぎまつりぬ。
 
     ※
 
769  いすず川 水かさ増してふちに群るるいをのすがたをけふは見ずかも。
  
     ※
 
770  硅岩のましろき砂利にふり注ぐいみじき玉の雨にしあるかな。
 
     ※ 内宮
 
771  大前のましろきざりにぬかづきて、たまのしぶきを身にあびしかな。
 
     ※
 
772  五十鈴川 水かさ増してはにをながし天雲ひくく杉むらを翔く。
 
     ※
 
773  雲翔くるみ杉のむらをうちめぐり 五十鈴川かもはにをながしぬ。
 
     ※ 二見
 
774  ありあけの月はのこれど松むらのそよぎ爽かに日は出でんとす。
 
 
    比叡
     ※  根本中堂
 
775  ねがはくは 妙法如来正偏知 大師のみ旨成らしめたまへ。
 
     ※  大講堂
 
776  いつくしき五色のばんはかけたれどみこころいかにとざしたまはん。
 
     ※
 
777  いつくしき五色の幡につゝまれし大講堂ぞことにわびしき。
 
     ※
 
778  うち寂む大講堂の薄明にさらぬ方してわれいのるなり。
 
     ※
 
779  あらたなるみ像かしこくかゝれども、その慕はしき像はあれど。
 
     ※
 
780  おゝ大師たがひまつらじ、たゞ知らせきみがみ前のいのりをしらせ。
 
     ※
 
781  みづうみのひかりはるかにすなつちを掻きたまひけんその日遠しも。
 
     ※
 
782  われもまた大講堂に鐘つくなりその像法の日は去りしぞと。
 
     ※
 
783  みづうみは夢の中なる碧孔雀まひるながらに寂しかりけり。
 
     ※  随緑真如
 
784  みまなこをひらけばひらくあめつちにその七舌しちぜつのかぎを得たまふ。
 
     ※  同
 
785  さながらにきざむこゝろの峯々のなかにもここはもなかなりしか。
 
     ※
 
786  暮れそめぬふりさけみればみねちかき講堂あたりまたたく灯あり。 
 
 
    法隆寺
 
     ※
 
787  摂政と現じたまへば十七ののりいかめしく国そだてます。
 
     ※
 
788  いかめしく十七珠を織りなすはとはのほとけのみむねやうけし。
 
     ※
 
789  おほみことなくてはたえの瓔珞をうけまさざりし、さ仰ぎまつる。
 
     ※
 
790  法隆寺はやとほざかり雨ぐもはゆふべとともにせまりきたりぬ。
 
 
    奈良公園
 
     ※
 
791  月あかりまひるの中に入り来るは馬酔木の花のさけるなりけり。
 
     ※
 
791  あぜみ咲きまひるのなかの月あかりこれはあるべきことにはあらねど。
 
     ※ 春日裏坂六首
 
793  朝よりつつみをになひそのをよぎり春日の裏になれは来るかも。
  
     ※
 
794  ここの空気は大へんよきぞそこにてなれ、鉛の鹿のゼンマイを巻き。
 
     ※
 
795  その鹿のゼンマイを巻きよろこばんことふさはしきなれにしあるを。
 
     ※
 
796  おおそれにて鉛の鹿は跳ぬる踊るなれは朝をうちやすらへよ。
 
     ※
 
797  さかしらのをとなに物を売るなれをいとゞほとけはいとしみまさん。
 
     ※ さる沢
 
798  さる沢のやなぎは明くめぐめども、いとほし、夢はまことならねば
 
 
     ※
 
799  さる沢のやなぎはめぐむこたびこそ この像法の夢をはなれよ。
 
     ※
 
800  さる沢の池のやなぎよことし又むかしの夢の中にめぐむか。
 
     ※ 旅中草稿
 
801  父とふたりいそぎて伊勢に詣るなり、雨と呼ばれしその前のよる。
 
     ※
 
802  赭ら顔、黒装束のそのわかものいそぎて席に帰り来しかな。
 
     ※
 
803  コロイドの光の上に張り亘る夜の穹窿をあかず見入るも。
 
     ※
 
804  品川をすぎてその若ものひそやかに写真などをとりいだしたるかも。
 
 
    東京。
  
     ※
 
805  エナメルのそらにまくろきうでをささげ、花を垂るるは桜かあやし。
 
     ※
 
806  青木青木はるか千住の白きそらをになひて雨にうちよどむかも。
 
     ※
 
807  かゞやきのあめにしばらくちるさくらいづちのくにのけしきとや見ん。
 
     ※
 
808  ここはまた一むれの墓を被ひつゝ梢暗みどよむときはぎのもり。
 
     ※
 
809  咲きそめしそめゐよしのの梢をたかみひかりまばゆく翔ける雲かな
 
     ※
 
810  雲ひくく 桜は青き夢のつら 汝は酔ひしれて泥洲にをどり。
 
     ※
 
811  汝が弟子は酔はずさびしく芦原にましろきそらをながめたつかも
 
811a  かさとばかり呟きの声は聞え来りぬ
    雑木光りて青きそらより
 
811b  岩手山いたゞきをふゞきこめたれば
    谷は天へとつらなるごとし
 
811c  めまぐるきひかりのうつろのびたちて
    いちゞくゆるゝ天狗巣のよもぎ