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歌稿B 大正七年五月より

 
   薄明の青木
 
     ※
 
646  暮れやらぬ 黄水晶シトリンのそらに
   青みわびて 木は立てり
   あめ、まつすぐに降り。
 
     ※
 
647  白光の暮れぞらに立ちて
   その青木
   ひたすら雨に洗はれて居り。
 
     ※
 
648  雲の原の
   こなたに青木立ちたれば
   くれの羽虫ら雨やどりせり。
 
     ※
 
649  雨やめど
   却つて窓は重りして
   青木も陰の見えそめにけり。
 
     ※
 
650  あめ故に
   停りありけん 青すずめ
   青木をはなれ
   夕空を截る。
 
     ※
 
651  いまははや
   たそがれぞらとなりにけり
   青木のかなたに
   からす飛びつつ。
 
 
    公園。
 
     ※
 
652  青黝み 流るゝ雲の淵に立ちて
   ぶなの木
   薄明の六月に入る。
 
     ※
 
653  暮れざるに
   けはしき雲のしたに立ち
   白みいらだつ
   アーク燈かな。
 
653a  ニッケルの雲のながれをいらだちて
    しらしら燃ゆる
    アーク燈あり
 
     ※
 
654  黒みねを
   はげしき雲の往くときは
   こゝろ
   はやくもみねを越えつつ。
 
     ※
 
655  暮れそむる
   アーク燈の辺
   雲たるゝ黒山にむかひ置かれしベンチ
 
655a  燃えそめし
    アークライトは
    黒雲の
    高洞山に
    むかひ置かれき
 
     ※
 
656  黒みねを
   わが飛び行けば銀雲の
   ひかりけはしくながれ寄るかな。
 
 
    窓 二首
 
     ※
 
657  天窓をのぞく四角の
   碧ぞらは
   暮ちかづきてうす雲をはく
 
     ※
 
658  ひそやかに
   ちかづく暮にともなひて
   うす雲をはく
   ひときれの窓
 
     ※
 
659  こゝはこれ
   みちのくなれば
   七月の終りといふに
   そら深むなり。
 
     ※
 
660  みそらには
   秋の粉ぞいちめんちりわたり
   一斉に咲く
   白百合の列。
 
     ※
 
662  そらはまた
   するどき玻璃の粉を噴きて
   この天窓の
   レースに降らす。
 
     ※
 
664  ひがしぞら
   うかぶ微塵のそのひかり
   青み惑ひて
   わが店に降る。
 
     ※
 
665  月弱く
   さだかならねど
   縮れ雲ひたすら北に飛びてあるらし。

     ※ 北の又
 
666  雲積みて
   雫も滋くなりしかば
   青くらがりを立てるやまどり。
 
     ※ 葛丸
 
668  ほしぞらは
   しづにめぐるを
   わがこゝろ
   あやしきものにかこまれて立つ。
 
     ※
 
670  鳥の毛は
   むしられ飛びて
   青ぞらを
   羽虫のごとくひかり行くかな。
 
     ※
 
672  息吸へば
   白きここちし
   くもりぞら
   よぼよぼ這へるなまこ雲あり。
 
     ※
 
673  縮まれる肺いつぱいに
   いきすれば
   空にさびしき雲うかび立ち。
 
     ※
 
674  相つぎて
   銀雲は窓をよぎれども
   ねたみは青く室に澱みぬ。
 
     ※
 
678  しろがねの
   月にむかへば
   わがまなこ
   雲なきそらに雲をうたがふ。
 
     ※
 
678  しろがねの月にむかへば
   わがまなこ
   雲なきそらに
   雲をうたがふ。
 
     ※
 
679  そら高く
   しろがねの月かゝれるを
   わが目
   かなしき雲を見るかな。
 
     ※
 
   アンデルセン白鳥の歌 
 
     ※
 
690  「聞けよ」('Hore,')
  また、
   月はかたりぬ
   やさしくも
   アンデルセンの月はかたりぬ。
 
        ※
 
691  海あかく
   そらとけじめもあらざれば
   みなそこに立つ藻もあらはなり。
 
        ※
 
692  みなそこの
   黒き藻はみな月光に
   あやしき腕を
   さしのぶるなり。
 
        ※
 
693  おゝさかな、
   そらよりかろきかゞやきの
   アンデルセンの海を行くかな。
 
        ※
 
694  ましろなる羽も融け行き
   白鳥は
   むれをはなれて
   海にくだりぬ。
 
        ※
 
695  わだつみに
   ねたみは起り
   青白きほのほのごとく白鳥に寄す。
 
695a  青白き
    ほのほは海に燃えたれど
    かうかうとして
    鳥はねむれり
 
        ※
 
 
        ※
 
696  あかつきの
   琥珀ひかればしらしらと
   アンデルセンの月はしづみぬ。
 
        ※
 
697  あかつきの琥珀ひかれば白鳥の
   こころにはかにうち勇むかな。
 
        ※
 
698  白鳥の
   つばさは張られ
   かゞやける琥珀のそらに
   ひたのぼり行く。

 
     ※ 天窓二首
 
704  錫病の
   そらをからすが
   二羽飛びて
   レースの百合も
   さびしく暮れたり。
 
     ※
 
706  編物の
   百合もさびしく暮れ行きて
   灰色錫のそら飛ぶからす。
 
     ※
 
707  むねとざし
   そらくらき日を
   相つぎて
   道化まつりの山車は行きたり。
 
     ※
 
708  みそらより
   ちさくつめたき渦降りて
   桐の梢に
   わななくからす。
 
     ※
 
709  つつましき
   春のくるみの枝々に
   黄金のあかごら
   ゆらぎかゝれり。
 
     ※
 
710  なまこ山
   海坊主山のうしろにて
   薄明穹の
   くらき水いろ。
 
710a  なまこやま
    さびしくみちの
    越え行きて
    薄明穹の
    くらき水いろ

710b  あはれきみがまなざしのはて
    むくつけき
    松の林と土耳古玉の天と

710c  北上の大野に汽車は入りたれば
    きみはうるはしき面をあげざり

710d  うるはしく
    うらめるきみがまなざしの
    はてにたゝずむ緑青の森

710e  むくつけきその緑青の林より
    まなこをあげてきみは去りけり