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歌稿B 大正六年七月より

 
     ※
 
541  よるのそら
   ふとあらはれて
   かなしきは
   とこやのみせのだんだらの棒
 
     ※
 
542  夜をこめて
   七つ森まできたるとき
   はやあけぞらの草穂うかべり。
 
     ※
 
543  川べりの
   石垣のまひるまどろめば
   よべよりの鳥なほ啼きやまず。
 
543a  あをあをと
    やなぎはたかし
    まどろめば
    夜よりの鳥
    なほ啼きやまず
 
     ※
 
544  川べりの
   まひるをゆらぐ石垣の
   まどろみに入りて
   また鳥なけり。
 
     ※
 
545  どもりつゝ
   蒸留瓶はゆげをはく
   ゆげの硝子には
   歪む青ぞら。
 
     ※
 
546  ゆがみたる
   青ぞらの辺に
   仕事着の
   古川さんはたばこふかせり。
 
546a  ゆがみたる
    青ぞらの辺に
    仕事着の
    黒田博士は
    たばこふかせり。
 
     ※
 
547  柏ばら
   ほのほたえたるたいまつを
   ひたすら吹けば
   火とはおもほえず。
 
     ※
 
548  あけがたの
   琥珀のそらは
   凍りしを
   大とかげらの雲はうかびて
 
     ※
 
549  ましろなる
   火花をちらし
   空は燃ゆ
   岩手の山のいたゞきに立てば。
 
     ※
 
550  岩手やま
   いたゞきにして
   ましろなる
   そらに火花の湧き散れるかも。
 
     ※
 
551  ひとさりし
   待合室はひらくなり
   たそがれひかる
   そらとやまなみ
 
     ※
 
552  散り行きし
   友らおもへば
   たそがれを
   そらの偏光ひたひたと責む。
 
     ※
 
553  うかび立つ
   光のこちの 七つ森
   みつめんとして
   額くらみたり。
 
     ※
 
554  つるされし
   古着まはれば
   角立てる その肩越えて
   降る青びかり。
 
 
     ※
 
556  房たれし
   かんざしなどをおもふことも
   海行くきとはゆるされもせん。
 
     ※
 
557  たよりなく
   蕩児の群にまじりつゝ
   七月末を 宮古に来る。
 
     ※
 
558  この群は
   釜石山田いまはまた
   宮古と酒の旅をつゞけぬ。
 
     ※
 
559  宮古町 夜のそらふかみ
   わが友は
   山をはるかに妻恋ふるらし。
 
     ※
 
560  うるはしき
   海のびらうど 褐昆布
   寂光ヶ浜に 敷かれ光りぬ。
 
     ※
 
561  寂光のあしたの海の
   岩しろく
   ころもをぬげばわが身も浄し。
 
     ※
 
562  雲よどむ
   白き岩礁
   砂の原
   はるかに敷ける褐のびらうど。
 
     ※
 
563  寂光の
   浜のましろき巌にして
   ひとりひとでを見つめたるひと。
 
563a  基督の
    さましてひとり岩礁に
    赤きひとでを見つめたるひる
 
     ※
 
564  べられし昆布の中に
   大なる釜らしきもの
   月にひかれり。
 
     ※
 
565  青山の
   肩をすべりて夕草の
   谷にそゝぎぬ
   青き日光。
 
     ※
 
566  つかれゆゑ
   青く縞立つ光ぞと
   あきらめ行けば萱草咲けり。
 
     ※
 
567  山峡の
   青きひかりのそが中に
   章魚の足喰みて行ける旅人。
 
     ※
 
568  夕つつも
   あはあはひかりそめにけり
   あした越ゆべき
   峠のほとり。
 
     ※
 
570  あかつきの
   峠の霧にほそぼそと
   青きトマトのにほひながれぬ。
 
     ※
 
571  青山の
   融け残りたる霧かげに
   くらく熟れたる
   毒うつぎあり。
 
     ※
 
572  たけにぐさ
   むらだつ原を越え行けば
   木々の後光に
   鳥しば啼けり。
 
     ※
 
573  そらひかり
   八千代の看板切り抜きの紳士は
   棒にささへられ立つ。
 
573a  そらひかる
    遠野の町に切り抜きの
    紳士は高く
    さゝえられたり
 
     ※
 
574  あをじろき
   ひかりのそらにうかびたつ
   三きれの雲と切り抜き紳士。
 
     ※
 
575  あかり窓
   仰げばそらは Tourquoisトコーイス
   板もて張られ
   その継目光れり。
 
     ※
 
576  帰依法の
   皺たゝみ行く雲原と
   なみだちつゞく青松原と。
 
     ※
 
577  をちこちに
   削りのこりの岩頸は
   松黒くこめ白雲に立つ。
 
     ※
 
578  よりそひて
   あかきうで木をつらねたる
   青草山の
   でんしんばしら。
 
     ※
 
579  阿片光
   さびしくこむるたそがれの
   胸にゆらぎぬ
   青き麻むら。
 
579a  怒り立つ
    四又の百合と
    麻むらの
    さびしくこむる青阿片光
 
579b  阿片光さびしくそゝぐ
    麻むらの
    青きそよぎに
    百合もまじれり
 
     ※
 
580  うつろより
   降り来る青き阿片光
   百合のにほひは
   波だちにつゝ。
 
     ※
 
581  粟ばたけ
   立ちつくしつゝ青びかり
   見わたせば
   百合雨にぬれたり。
 
581a  青びかり
    そゝぎながらも
    雨はふりて
    一列白き百合はぬれたり
 
     ※
 
582  しろがねの
   あいさつ交すそらとやま
   やまのはたけは
   稗しげりつゝ。
 
     ※
 
583  岩鐘がんしゃう
   きわだちくらき肩に居て
   夕の雲は
   銀のあいさつ。
 
583a  まくろなる
    岩鐘の下
    あらはれて
    稗ばたを来る
    郵便脚夫
 
     ※
 
584  いたましく
   川は削りぬ
   たそがれの白雲浴ぶる山の片面を。
 
     ※
 
585  雲ひくき
   青山つゞきさびしさは
   百合のにほひに
   とんぼ返りす。
 
     ※
 
586  石原の
   まひるをならぶ人と百合
   碧目のはちはめぐりめぐりて
 
     ※
 
587  山川の
   すなに立てたるわが百合に
   蜂来て赤き花粉になへり。
 
     ※
 
588  かゞやける
   花粉をとりて飛びしかど
   小蜂よいかにかなしかるらん。
 
     ※
 
589  いっぱいに
   花粉をになひわが四つの
   百合をめぐりぬ碧目のこばち
 
     ※
 
590  この度は
   薄明穹につらなりて
   高倉山の黒きたかぶり。
 
     ※
 
591  月光のすこし暗めば
   こゝろ急く硫黄のにほひ
   みちにこめたり。
 
     ※
 
592  夜だか鳴き
   オリオンいでて
   あかつきも ちかく
   お伊勢の杜をすぎたり。
 
592a  あけちかく、
    オリオンのぼり鷹なきて
    われはお伊勢の杜をよぎれり。
 
 
    上伊手剣舞連
 
     ※
 
593  うす月に
   かゞやきいでし踊り子の
   異形を見れば こゝろ泣かゆも。
 
     ※
 
594  うす月に
   むらがり踊る剣舞の
   異形のきらめきこゝろ乱れぬ。
 
     ※
 
596  剣舞の
   赤ひたたれは
   きらめきて
   うす月しめる地にひるがへる。
 
 
    種山ヶ原七首
 
     ※
 
597  白雲のはせ行くときは
   丈たかき
   草穂しづかに茎たわみつゝ。
 
     ※
 
598  オーパルの
   草につゝまれ
   秋草とわれとはぬるゝ
   種山ヶ原。
 
     ※
 
599  白雲は露とむすびて
   立ちわぶる
   手帳のけいも青くながれぬ。
 
     ※
 
600  白雲にすがれて立てるあざみより
   種山ヶ原に
   かなしみは湧く。
 
600a  うづまける白雲のべに
    ひともとのおにあざみかも
    すがれて立てり
 
     ※
 
601  目のあたり
   黒雲ありと覚えしは
   黒玢岩メラファイアアの 立てるなりけり
 
     ※
 
602  白雲の種山ヶ原に燃ゆる火の
   けむりにゆらぐ
   さびしき草穂。
 
602a  みちのくの
    種山ヶ原に燃ゆる火の
    多くは雲のなかにぞありける
 
     ※
 
603  こゝはまた
   草穂なみだち
   しらくものよどみかゝれるすこしのなだら。

     ※
 
605  わかものの
   青仮面の下につくといき
   ふかみ行く夜をいでし弦月。
 
 
    祖父の死
 
     ※
 
606  うちゆらぐ
   火をもて見たる夜の梢
   あまりにふかく青みわたれる。
 
     ※
 
607  香たきて
   ちゝはゝ来るを待てる間に
   はやうすあかりそらをこめたり。
 
     ※
 
608  足音は
   やがて近づきちゝはゝも
   はらからもみなはせ入りにけり。
 
     ※
 
609  夜はあけて
   うからつどへる町の家に
   入れまつるとき
   にはかにかなし。
 
 
     ※
 
610  秋ふけぬ
   あまのがはらのいさごほど
   わがなしみも
   わかれ行くかな。
 
     ※
 
611  黒つちの
   しめりのなかにゆらぎつつ
   かなしく晴るゝ山の群青。
 
     ※
 
612  夜あけより
   なきそびれたる山のはに
   しらくもよどみ
   羽虫めぐれり。
 
     ※
 
613  きれぎれに雨をともなひ吹く風に
   うす月みちて
   虫のなくなり。
 
     ※
 
614  つきあかり
   風は雨をもともなへど
   今宵は虫のなきやまぬなり。
 
     ※
 
615  赭々と
   よどめる鉄のゲルの上に
   さびしさとまり 風来れど去らず。
 
     ※
 
616  かしはゞら
   雲垂れこめて
   かみなりのとどろくうちに
   峯は雪つむ。
 
     ※
 
617  岩手やま
   あらたに置けるしらゆきは
   星のあかりに
   うすびかるかも。
 
     ※
 
618  ぬれ帰り
   ひたすら火燃すそのひまに
   はがねのそらは はやあけそめぬ。
 
     ※
 
621  さだめなく
   われに燃えたる火の音を
   じつと聞きつゝ
   停車場にあり
 
     ※
 
622  冴えわたり
   七つ森より風来れば
   あたまくらみて
   京都思ほゆ。
 
     ※
 
623  白樺に
   かなしみは湧きうつり行く
   つめたき風のシグナルばしら。
 
     ※
 
624  疾みたれど
   けさはよろこび身にあまり
   そらもひとらもひかりわたれり。
 
     ※
 
625  あかつきの
   黄のちぎれ雲 とぶひまは
   小学校によそ行きの窓
 
     ※
 
626  あかつきは
   小学校の窓ガラス
   いみじき玻璃にかへられしかな。
 
     ※
 
627  雲垂るゝ
   やなぎのなかの古川に
   うかびいでたるあしたの沼気。
 
     ※
 
628  楊より
   よろこびきたるあかつきを
   古川に湧くメタン瓦斯かな。
 
     ※
 
629  そらいつか
   うす雲みちて
   日輪は ちゞれかしはの原をまろび行けり。

     ※
 
630  高原の
   白日輪と
   赤毛布シャツにつくりし鉄道工夫と。
 
     ※
 
631  雲しろく
   ちゞれ柏の高原に
   よぼよぼ馬は草あつめたれ。
 
631a  霜ぐもり
    ちゞれ柏の
    高原に
    赤きシャツ着て
    草あつめたれ
 
     ※
 
632  そら青く
   開うんばしのせとものの
   らむぷゆかしき冬をもたらす。
 
     ※
 
633  きららかに
   雨はれて人はあらざれば
   鵝鳥はせ来てわが足をかぢり。
 
     ※
 
634  旧濶の
   沼森のみは
   うちたゝむ雲のこなたに
   うす陽あびたれ。
 
     ※
 
635  雨去れば
   黄葉きらゝかにひかり立ち
   ひとむれの雲は
   逃げおくれたり。
 
     ※
 
636  みだらなる
   ひかりを吐きて
   黒雲は よせめぐりたり 黒坊主山。
          (冬より春 白丁)
 
     ※
 
637  ひゞ入りて
   凍る黄ばらのあけぞらを
   いきをもつかず かける鳥はも。
 
     ※
 
638  目をとぢし
   うすらあかりに
   しらしらとわきたつ雲はかなしみの雲。
 
     ※
 
639  やうやくに
   峯にきたればむら雲の
   ながれを早みめぐむくろもじ。
 
     ※
 
640  けはしくも
   刻むこゝろのみねみねに
   うすびかり咲くひきざくらかも。
 
     ※
 
641  ここはこれ
   惑ふ木立のなかならず
   しのびをならふ
   春の道場。
 
     ※
 
642  夜はあけて
   馬はほのぼの汗したり
   うす青ぞらの
   電柱の下。
 
     ※
 
643  夜をこめて
   硫黄つみこし馬はいま
   あさひにふかく
   ものをおもへり。
 
     ※
 
644  これはこれ
   夜の間にたれかたびだちの
   かばんに入れし薄荷糖なり。
 
     ※
 
645  あまぐもは
   氷河のごとく地を掻けば
   森は無念の 群青を呑み。