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歌稿B 大正六年五月

 
     ※
 
496  夕ひ降る
   高洞山のやけ痕を
   あたまの奥にて
   哂ふものあり。
 
     ※
 
497  しろがねの
   雲ながれ行くたそがれを
   箱ヶ森らは黒くたゞずむ。 
 
    梁川六首
     ※
 
498  口笛に
   応ふるをやめ
   鳥はいま
   葉をひるがへす木立に入りぬ。
 
     ※
 
499  鳴きやみし
   鳥はいづちともとめしに
   木々はみだれて 雲みなぎれり。
 
499a  鳴きやみし
    鳥は帰らず
    峡のそら
    雲みなぎりて
    木々のみだるゝ。
 
     ※
 
500  なきやみし
   鳥をもとめて
   泪しぬ
   木々はみだれて葉裏をしらみ。
 
     ※
 
501  口笛に こたふる鳥も去りしかば
   いざ行かんとて
   なほさびしみつ。
 
     ※
 
502  木々みだれ
   かゞやく上に
   天雲の
   みなぎりわたる六月の峡
 
     ※
 
503  もしや鳥
   木々のしげみより 見あるらん
   峡の草木は
   みだれかゞやき。
 
     ※
 
504  おきなぐさ
   ふさふさのびて
   青ぞらにうちかぶさりて
   ひらめき出でぬ。
 
     ※
 
505  な恐れそ
   れんげつゝじは赤けれど
   ゑんじゅも臨む 青ぞらのふち
 
    中津川三首
     ※
 
506  中津川河藻はな咲きさすらひの
   しろきこゝろを夏は来にけり。
 
     ※
 
507  中津川 川藻に白き花さきて
   はてしも知らず 千鳥は遡る。
 
     ※
 
508  中津川 水涸れなんに夜をこめて
   のぼる千鳥の 声きこゆなり。
 
 
    霧山嶽二首
 
509  さらさらと
   うす陽流るゝ紙の上に
   山のつめたきにほひ
   あやしも
 
     ※
 
510  うす陽ふるノートの上に
   さみだれの
   霧やまだけのこゝろきたれり。
 
     ※
 
512  雲みだれ
   薄明穹も落ちんとて
   毒ヶ森よりあやしき声あり。
 
     ※
 
513  フラスコに湯気たちこもり露むすび
   やまかひの朝の
   おもほゆるかな。
 
     ※
 
514  フラスコに
   露うちむすびあつまりて
   ひかるを見ればこゝろはるけし。
 
     ※
 
515  くれちかき
   ブンゼン燈をはなるれば
   つめくさのはな
   月いろにして
 
     ※
 
516  六月の
   ブンゼン燈のよはほのほ
   はなれて見やる
   ぶなのひらめき。
 
     ※
 
517  火をはなれ
   窓にいたれば
   つめくさの
   はなとまくろきガスのタンクと。
 
     ※
 
519  あさひふる
   はくうんぼくにむらがりて
   黒きすがるら
   しべを噛みたり。
 
     ※
 
520  葛根田
   谷の上なる夕ぞらに
   うかびいでたる
   あかきひとつぼし。
 
     ※
 
521  葛根田
   薄明穹のいたゞきに
   ひかりいでたる
   あかきひとつぼし。
 
     ※
 
    夜の柏ばら 六首
 
     ※
 
522  しらしらと
   銀河わたれるかしはゞら
   火をもて行けど
   馬もきたらず。
 
     ※
 
523  天の川
   しらしらひかり
   夜をこめて
   かしはゞら行く鳥もありけり。
 
     ※
 
524  かしはばら
   うすらあかりはきたるなり
   みなみにわたる天の川より。
 
     ※
 
525  あまの川
   ほのぼの白くわたるとき
   すそのをよぎる四ひきの幽霊
 
     ※
 
527  かしはゞらみちをうしなひ
   しらしらと
   わたる銀河にむかひたちにけり。
 
     ※
 
528  谷の上の
   はひまつばらにいこひしを
   ひとしく四人ねむり入りしか。
 
     ※
 
 
     ※
 
529  めさむれば
   四人ひとしくねむりゐたり
   はひ松ばらの
   うすひのなかに。
 
     ※
 
530  (すゞらんのかゞやく原をすべり行きて
    風のあしゆびの
    泣き笑ひかな。)
 
     ※
 
    まひるのかしはゞら 三首
  
     ※
 
531  ましろなる
   やなぎの花のとぶすその
   のうまわれらをしたひつゞけり。
 
     ※
 
532  ましろなる
   やなぎ花とぶ野のなかに
   傷つける手をいたはりて来る。
 
532a  野絮とぶ
    すそののみちを
    傷つける
    手などいたはり
    ひとびとの来る
 
     ※
 
 
     ※
 
533  手をひろげ
   あやしきさまし馬追へる
   すゞらんの原の
   はだかのをとこ。
 
533a  頸に垂れし
    札を読み了へ
    たちまちに
    あやしきさまし
    馬追へるひと
 
     ※ 北上川
 
534  あけがたの
   電気化学の峡を来る
   きたかみ川のしろき波かな
 
     ※
 
535  さくらの実
   喰ひかけをつと落しつゝ
   かやの枝よりはなれたる鳥
 
     ※
 
536  なゝつもり
   いまは坊主の七つ森
   ひかりのそこに
   しんとしづめり。
 
     ※
 
    「ちゃんがちゃがうまこ」 四首
 
     ※
 
537  夜明げには
   まだ間あるのに
   下のはし
   ちゃんがちゃがうまこ見さ出はたひと。
 
     ※
 
538  ほんのぴゃこ
   夜明げがゞった雲のいろ
   ちゃんがちゃがうまこ 橋渡て来る。
 
     ※
 
539  いしょけめに
   ちゃがちゃがうまこはせでげば
   夜明げの為が
   泣くだぁぃよな気もす。
 
     ※
 
540  下のはし
   ちゃがちゃがうまこ見さ出はた
   みんなのながさ
   おどともまざり。
 
     ※