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歌稿B 明治44年1月より


     *

 1 み裾野は雲低く垂れすゞらんの
   白き花咲き はなち駒あり。

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 2 這ひ松の青くつらなる山上の
   たひらにそらよいま白み行く。
 
 2a 這ひ松の
    なだらを行きて
    息吐ける
    阿部のたかしは
    がま仙に肖る

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 4 冬となりて梢みな黒む山上に
   夕陽をあびて白き家建てり。
 
 4a 岩山の
    まっ青の草に雲たゝみ
    三角標も見えわかぬなり

 4b 小岩井の育牛長の一人子と
    この一冬は机ならぶる

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 5 臥してありし
   丘にちらばる白き花
   黎明のそらのひかりに見出でし。

 5a 鉄砲が
    ひどくつめたく
    みなみぞら
    あまりにしげく
    流れたる星

 5b 鉄砲を
    ねむげにいだき
    もぞもぞと
    菓子を
    食へるは
    吉野なるらん

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 6 ひがしぞら
   かゞやきませど丘はなほ
   うめばちさうの夢をたもちつ。
 
 6a ひとびとに
    おくれてひとり
    たけたかき
    橘川先生を過ぎりけり

 6b 追ひつきしおじぎをすれば
    ふりむける
    先生の眼はヨハネのごとし

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 7 家三むね
   波だちどよむかれ蘆の
   なかにひそみぬうす陽のはざま。

 7a 新しく買ひしばかりの外套を
    その児来りて貸し行きにけり

 7b 午なれば山県舎監千田舎監
    佐々木舎監も帰り来るなり

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 8 中尊寺
   青葉に曇る夕暮の
   そらふるはして青き鐘鳴る。
 
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 9 桃青の
   夏草の碑はみな月の
   青き反射のなかにねむりき。
 
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10 まぼろしとうつつとわかずなみがしら
   きほひ寄せ来るわだつみを見き。

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11 河岸の杉のならびはふくらふの
   声に覚ゆるなつかしさもつ。
 
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12 とろとろと甘き火をたきまよなかの
   み山の谷にひとりうたひぬ。
 
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13 龍王をまつる黄の旗紺の旗
   行者火渡る日のはれぞらに。
 
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14 楽手らのひるはさびしきひと瓶の
   酒をわかちて  銀笛をふく。
 
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15 たいまつの火に見るときは木のみどり
   岩のさまさへたゞならずして。
 
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16 雲垂れし裾野のよるはたいまつに
   人をしたひて 野馬馳せくる。
 
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17 そらいろのへびを見しこそかなしけれ
   学校の春の遠足なりしが。
 
十二室

17a 青々と木の芽は暮れてどの室もむつとあたたかきラムプのいきれ 

17b ラムプもちならびてあれば青々と廊下のはてに木の芽ゆれたり

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18 そら耳かいと爽かに金鈴の
   ひゞきを聞きぬ しぐれする山
 
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19 瞑すれば灰いろの家丘にたてり
   さてもさびしき丘に木もなく。
 
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20 みなかみのちさきはざまに建てられし
   村や淋しき田に植ゆる粟。
 
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21 やうやくに漆赤らむ丘の辺〔べ〕に
   奇しき服つけし人にあひけり。
 
21a ひとびとは
    鳥のかたちに
    よそほひて
    ひそかに
    秋の丘を
    のぼりぬ

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22 あはれ見よ月光うつる山の雪は
   若き貴人の死蝋に似ずや。
 
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23 邪教者の家夏なりき大なる
   ガラスの盤に赤き魚居て。
 
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24 高台の家に夏来ぬ 麦ばたけ
   時に農具のしろびかり見て。
 
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25 皮とらぬ芋の煮たるを配られし
   兵隊たちをあはれみしかな。
 
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26 白きそらは一すぢごとにわが髪を
   引くこゝちにてせまり来りぬ。
 
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27 鉛筆の削り屑よりかもしたる
   まくろき酒をのむこゝちなり。
 
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28 せとものゝひゞわれのごとくほそえだは
   さびしく白きそらをわかちぬ。
 
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29 暮れ惑ふ 雪にまろべる犬にさへ
   狐の気ありかなしき山ぞ。
 
29a 雑木みな
    髪のごとくに暮れたるを
    黄の犬ありて
    雪にまろべる

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30 ひるもなほ星みる人の眼にも似る
   さびしきつかれ 早春のたび。
 
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31 うす白きひかりのみちに目とづれば
   あまたならびぬ 細き桐の木
 
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32 黒板は赤き傷うけ雲垂れてうすくらき日をすゝり泣くなり。

32a この学士英語はとあれあやつれどかゝるなめげのしわざもぞする。
 
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33 いたゞきのつめたき風に身はすべて
   剖〔わか〕れはつるもかなしくはあらじ。
 
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34 ものがみなたそがるゝころやうやくに
   み山の谷にたどり入りぬる。
 
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35 褐色のひとみの奥に何やらん
   悪しきをひそめわれを見る牛
 
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36 愚かなるその旅人は殺されぬ
   はら一杯のものはみしのち
 
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37 泣きながら北に馳せゆく塔などの
   あるべき空のけはひならずや
 
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38 今日もまた宿場はづれの顔赤き
   をんなはひとりめしを喰へるぞ。
 
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39 深み行きてはては底なき淵となる
   夕ぐれぞらのふるひかなしも。
 
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40 から草はくろくちいさき実をつけて
   風にふかれて秋は来にけり。

40a こぬかぐさうつぼぐさかもおしなべて
    かぼそきその実 風に吹かるゝ

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41 山鳩のひとむれ白くかゞやきてひるがへりゆく紺青のそら
 
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42 十月に白き花さき実をむすぶ草に降る日のかなしくもあるか。
 
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43 だんだんに実をつけ行きてつきみ草
   いま十月の 末となりぬる。
 
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44 靴にふまれひらたくなりしからくさの
   茎のしろきに 落つる夕〔せき〕陽
 
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45 西ぞらの月見草のはなびら皺み
   うかびいでたる青き一つぼし
 
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46 山なみの暮の紫紺のそが西に
   ふりそそぎたる黄のアークライト
 
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47 専売局のたばこのやにのにほひもちてつめたく秋の風がふくまど。
 
47a たばこやくにほひつめたく風の来る
    中学校の白き窓かな

47b たばこ焼くにほひをはこび
    ひゞいれる白きペンキの窓を吹く風

47c 専売局のたばこを燃せるにほひもて
    秋の風ふく白き窓かな

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48 なつかしきおもひでありぬ目薬のしみたる白きいたみの奥に。
 
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49 わが爪に魔が入りてふりそそぎたる月光にむらさきにかゞや出でぬ。
 
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50 あすのあさは夜あけぬまへに発つわれなり母は鳥の骨など煮てあり。
 
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51 鉄のさび赤く落ちたる砂利にたちてせわしく青き旗を振るひと。
 
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52 鉛などとかしてふくむ月光の重きにひたる墓山の木々。
 
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53 軸棒はひとばん泣きぬ凍りしそら ピチとひゞいらん微光の下に。
 
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54 凍りたるはがねの空の傷口にとられじとなくよるのからすなり。
 
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55 かたはなる月ほの青くのぼるときからすはさめてあやしみ啼けり。
 
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56 鉛筆のこなによごれしてのひらと異端文字とを風がふくなり。
 
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57 霜ばしら丘にふみあれば学校のラッパがはるかに聞えきたるなり。
 
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58 いくたびか愕きさめて朝となりしからすのせなかに灰雲がつき。
 
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59 ブリキ鑵がはらだゝしげにわれをにらむ、つめたき冬の夕暮のこと。
 
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60 潅木のかれ葉赤き実かやの穂の銀にまぢりて風に顫ふか。
 
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61 さいかちの莢のごとくからすら薄明のそらにうかびてもだすなりけり。
 
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62 きら星のまたゝきに降る霜のかけら、墓の石石は月光に照り。
 
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63 うす黒き暖炉にそむきひるのやすみだまって壁のしみを見てあり。
 
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64 白きそらひかりを射けんいしころのごとくもちらばる丘のつちぐり。
 
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65 つちぐりは石のごとくに散らばりぬ 凍えしがけのあかつちのたひら。
 
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66 あかるかに赤きまぼろしやぶらじとするより立ちぬ二本のかれ木。
 
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67 湧き出でてみねを流れて薄明の黄なるうつろに消ゆる雲かも。
 
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68 こぜわしく鼻をうごかし西ぞらの黄の一つ目をいからして見ん。
 
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69 西ぞらの黄金〔きん〕の一つめうらめしくわれをながめてつとしづむなり。
 
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71 厚朴の芽は封蝋をもて堅められ氷のかけら青ぞらを馳す。
 
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72 粉薬は脳の奥までしみとほり痛み黄いろの波をつくれり。
 
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73 屋根に来てそらに息せんうごかざるアルカリいろの雲よかなしも。
 
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74 巨なる人のかばねを見んけはひ谷はまくろく刻まれにけり。
 
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75 風さむき岩手のやまにわれらいま校歌をうたふ先生もうたふ。
 
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76 いたゞきの焼石を這ふ雲ありてわれらいま立つ西火口原
 
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77 石投げなば雨ふるといふうみの面はあまりに青くかなしかりけり。
 
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78 泡つぶやく声こそかなしいざ逃げんみづうみの青の見るにたえねば。
 
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79 うしろよりにらむものありうしろよりわれらをにらむ青きものあり。