目次へ  縦書き

「アザリア」発表短歌

 
【「アザリア」第1号】
 
     みふゆのひのき
                        宮沢賢治
□アルゴンの、かゞやくそらに わるひのき 
 みだれみだれていとゞ恐ろし
 
□なにげなく、風にたわめる 黒ひのき
 まことはまひるの 波旬はじゅんのいかり
 
□雪降れば昨日のひるの あくひのき
 菩薩すがたに すくと 立つかな
 
□わるひのき まひるは乱れし わるひのき
 雪を被れば 菩薩すがたに
 
□たそがれにすつくと立てる 真黒の
 菩薩のせなのうすぐも
 
□窓がらす 破れしあとの かくうつろ
 暮のひのきは うち淀むなり
 
□雲きれよ ひのきはくろく延びたちて
 なかにたくらむ れ行け、よはぼし
 
□くろひろき、月光よどむ 雲きれに
 うかゞひよりて 何か くはだつ
 
□雪とけて ひのきは 延びぬ はがねのそら
 にほひ出でたる 月のたわむれ。
 
□うすら泣く 月光瓦斯のなかにして
 ひのきは枝の雪を はらへり
 
□ひまはりの すがれの茎は夕暗の
 ひのき菩薩のこなたに 立てり
 
□あはれこは 人にむかへるこゝろなり
 ひのきよまこと なれはなにぞや
                  (大正六年二月中)
 
     ちゃんがちゃがうまこ
 
がら ちゃんがちゃんがうまこ
 見るべとて しもはしには いっぱ 人立つ
 
□夜明には まだはやんとも下の橋
 ちゃんがちゃがうまこ 見さ出はた人
 
□下の橋、ちゃんがちゃがうまこ 見さ出はた
 みんなのなかに おとゝもまざり
 
□ほんのばこ 夜あけがゞつた雲の色
 ちゃんがちゃがうまこは 橋わだて来る。
 
□中津川ぼやんと しいれい藻の花に
 かゞつた橋の ちゃがちゃがうまこ
 
□はしむっけのやみのながゞら 音がして
 ちゃがちゃがうまこは あせたらし
 
□ふさつけた ちゃがちゃがうまこ はせでげば
 夜明けの為か 泣くたよな 気もする
 
□夜明方 あぐ色の雲は ながれるす
 ちゃがちゃがうまこは うんとはせるす
                  (大正六年六月中)
 
【「アザリア」第2号】
 
     夜のそらにふとあらはれて
                       賢治
 
夜のそらにふとあらはれてさびしきは、床屋のみせのだんだらの棒
 
夜をこめて七ッ森まできたりしに、はやあけぞらに草穂うかべり
 
青びかる河べりにしてまどろめば夜つぴて鳴けるとりまたなけり、
 
河ぶちのまひるゆらげるいしがきの、まどろみに入りてまた鳥なけり
 
ゆがみたるあをぞらの辺に仕事着の古川さんはたばこふかせり
 
蒼きそらゆがみてうつるフラスコのひたすらゆげをはきてあるかな
 
樺もゆるあかき火なればすゞらんはふるひ、ひかり、あほ青々と冴ゆ、
 
琥珀張るつめたきそらは明ちかく、おほとかげらの雲をひたせり
 
【「アザリア」第3号】
 
     心と物象              賢治
 
(高倉山)
 
松こめて岩鐘ら立つたそがれの雲は往来の銀のあいさつ
 
しろがね保つ軽さはうしなひて うち沈みたる たそがれの雲
 
雲ひくき青山つゞき さびしさは 百合のをしべにとんぼがへりす
 
(小国峠)
 
つかれ故青く縞たつひかりぞと、あきらめ行けば萱草さけり
 
青山の肩をすべりて夕草の 谷にそゝげる 青き 日光
 
山峡の青き光のそが中を章魚タコの脚み行く男はも
 
(遠野)
 
そらひかり煙草の看板切りぬきぬ 紳士は棒に支へられて立つ
 
あをじろき光のそらにうかび立つ 三きれの雲と切り抜き紳士
 
(鉛)
 
落ちかゝる そらのしたとて 電信のはしらよりそふ 青山のせな
 
     窓                 賢治
 
あかりまど仰げば窓はTorquoisトーコイスの板もて張られその継目ひかれり
 
あかりまどそらしろく張るにすゞめ来ていとゞせはしくつばさ廻せり
 
あかりまどかつを雲来てうかゞへば嗤ひいでたる 編物の百合
 
     阿片光               賢治
 
うつろより来れる青き阿片光 百合にほひして 波 立ちにつゝ
 
阿片光 さびしくこむるたそがれの むねにゆらげる 青き麻むら
 
     種山ヶ原              賢治
 
よりそひて赤きうでぎをつらねたる青草山の電しむばしら。
 
白雲は泪とともにしめりたり手帖のけいは青く流れぬ。
 
ぬれそぼちいとしく見ゆる草あれど越えんすべなきオーパルの空
 
寂しさはあざみに湧きて白雲の種山ヶ原にみちみちにけり。
 
     原体剣バヒ連         賢治
 
やるせなきたそがれ鳥に似たらずや青仮面メンつけし踊り手の歌。
 
若者の青仮面の下につくといき深み行く夜を出でし弦月。
 
青仮面の若者よあゝすなほにも何を求めてなれは踊るや。
 
     中秋十五夜             賢治
 
きれぎれにアメを伴ひ吹く風にうす月こめて虫の鳴くなり。
 
つきあかり風は雨をともなへど今宵は虫鳴きやまぬなり。
 
其のかみもかく雨とざす月の夜をあはれと見つゝ過ぎて来しらん。
 
【「アザリア」第4号】
 
     好摩の土              賢治
 
熱滋くこゝろわびしむ、はれぞらを、好摩に土をとりに行くとて
 
けさも又身に燃ゆる火の育つ間を東のそらの黄薔薇わらへり、
 
疾みたれど、いまはよろこび身にあまりなみだはそらの黄薔薇をひたす、
 
やなぎよりよろこびきたり、あかつきの、古川に湧く marsh gas かな、
 
まだきとて桔梗のそらの底びかり、仮停車場のゆがむ窓より、
 
いつかそらましろに陰し日輪はちゞれかしわをころがり行きぬ
 
高原の白日輪と赤毛布、シヤツに作りしその工夫らと、
 
雪ふればむかしのこゝろ、ほのぼのとそらよりつちににほひ入るかな、
 
きらゝかにあめはれてひとはあらざれば鵝鳥はわれの足をかみたり、
 
雪ふればきたかみ河はやすらかに昆布の波をたゝへたるかな、