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歌稿A 大正六年四月

 
450
やまなみの雪融の藍にひかり湧きてとざすこゝろにひるがへり入る
 
451
これはこれ水銀の海の渚にてあらはれ泣くは阿部のたかし等
 
452
ふるさとの野は青ぐもり湛ゆなり枯草の谷にふりかへり見れば
 
453
ベムベロはよき名ならずや Benbero のみぢかき銀の毛はうすひかり
 
453
たちならぶ家のうすかげをち山の雪のかゞやきみなわれにあり
 
454
こはいかに雪のやまなみたちならぶ家々の影みなそとならず
 
456
夕霧の霧山嶽のかしはゞらかしはの雫降りまさりつゝ
 
457
雲とざすきりやまだけのかしはばらチルチルの声かすかにきたる
 
458
雪くらくそらとけじめもあらざれば山のはの木々は宙にうかべり
 
459
水色のそらのこなたによこたはりまんぢゆうやまのくらきかれ草
 
460
うつろとも雲ともわかぬ青光り陰色の丘の肩にのぞめり
 
461
わが麗しきドイツとうひよ(かゞやきのそらに鳴る風なれにも来たり)
 
462
鉄の gel紅く澱みて水はひかり五時ちかければやめて帰らん
 
463
鉄の gelそつと気泡を吐きたればかなしき草に露おくごとし
 
465
かたくりの葉の斑は消えつあらはれつ雪山々のひかりまぶしむ
 
466
朝の厚朴嘆へて谷に入りしより暮れのわかれはいとゞさびしき
                         (三 南昌山)
 
467
群青のそらに顫ふは木のはなのかほりと黒き蜂のうなりと
 
468
かむばしきはねの音のみ木にみちてすがるの黒きすがたは見えず
 
469
連山の雪にほやかに空はれてすがるむれたりひかるこのはな
 
470
会はてぬラッパ剥げたる蓄音器さびしみつまた丘をおもへり
 
471
ひしげたる蓄音器の前にこしかけてひるの競馬をおもひあるかな
 
472
花さけるさくらのえだの雨ぞらにゆらぐはもとしまれにあらねど
 
473
さくらばな日詰の駅の桜花風に鳴りつゝこゝろみだれぬ
 
474
さくらばなあやしからずやたゞにその枝うちゆらぎかくもみだるは
 
475
Paraffine のまばゆき霧を負ひたれば一本松の木とはみわかず
 
476
野の面を低く雲行き桑ばたけ明き入江にのぞめるごとし
 
477
山山の肩より肩にながるゝは暮のよろこびさとりのねがひ
 
478
ますらをのおほきつとめは忘れはてやすけからんとつとむるものよ
 
479
をのこらよなべてのもののかなしみをになひてわれらとはに行かずや
 
480
ひたすらにみなを得んとつとむるはまことのつよきをのこのわざか
 
481
このむれはをのこのかたちしたりとてこゝろはひたにをみなににたり
 
482
箱ヶ森峯の木立にふみ迷ひさびしき河をふりかへりみる
 
483
箱ヶ森たやすきことゝ来しかども七つ森ゆゑ得越ゑかねつも
 
484
箱ヶ森あまりにしづむながこゝろいまだに海にのぞめるごとく
 
485
せはしくも花散りはてし盛岡をめぐる山々雪はふりつゝ
 
486
ほうさくらひとときに咲くこの国は花散りてまた雪きたるなれ
 
487
雪と見つありふれごととわらひしに今日はまことの雪ぞふりける
 
488
をきなぐさとりてかざせど七つ森雲のこなたにむづかしきおも
 
489
七つ森青鉛筆を投げやればにはかに機嫌を直してわらへり
 
490
薄明の寒天のなかにつゝまるゝしらくもと河と七つの丘と
 
491
汽車に入りてやすらふ脳のまのあたり白く泡だつまひるのながれ
 
494
濾し終へし濾斗の脚のぎんななこいとしと見つゝ今日も暮れぬる
 
495
たそがれを雫石川めぐりきてこの草笛のさびしさを載す
 

(大正六年六月)