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ひのきの歌

歌稿A 大正六年一月


    第一日昼 
 
430
なにげなく窓を見やればひともとのひのきみだれていとゞ恐ろし
 
431
あらし来んそらのうす青なにげなく乱れたわめる一もとのひのき
 
432
風しげくひのきたわみてみだるれば異り見ゆる四角窓かな
 
433
(ひかり雲ふらふらはする青の虚空延びたちふるふ みふゆのこえだ)
 
    第二日夜
 
434
雪降れば昨日のひるのわるひのき菩薩すがたにすくと立つかな
 
435
わるひのきまひるみだれしわるひのき雪をかぶればぼさつ姿なり
 
    第三日夕
 
436
たそがれにすつと立てるまつ黒のひのきのせなの銀鼠雲
 
 436a
 たそがれにすつくひのき立ちたれば銀鼠雲はせなを過ぎ行き
 
437
窓がらす落つればつくる四角のうつろうつろのなかのたそがれひのき
 
    第四日夜
 
438
くろひのき月光澱む雲きれにうかゞひよりて何か企つ
 
439
しらくもよ夜のしらくもよ月光は重し気をつけよかのわるひのき
 
    第五日夜
 
440
雪融けてひのきは延びぬはがねのそら匂ひいでたる月のたわむれ
 
441
うすらなく月光瓦斯のなかにしてひのきは枝の雪をはらへり
 
442
(はてしらぬ世界にけしのたねほども菩薩身をすてたまはざるはなし)
 
    第六日昼
 
443
年若きひのきゆらげば日もうたひ碧きそらよりふれる綿雪
 
    第六日夕
 
444
ひまはりのすがれの茎らいくたびぞ暮のひのきをうちめぐりたる
 
    第七日夜
 
445
たそがれの雪にたちたるくろひのきしんはわづかにそらにまがりて
 
446
ひのきひのきまことになれはいきものかわれとはふかきえにしあるらし
 
447
むかしよりいくたびめぐりあひにけん。ひのきよなれはわれをみしらず
 
    X日
 
448
しばらくは試験つゞきとあきらめて西日にゆらぐ茶いろのひのき
 
449
ほの青きそらのひそまりとびもいでん光の踊りみふゆはてんとてか