目次へ  縦書き

歌稿A 大正五年七月

 
332
そら青く観音は織るひかりのあやひとにはちさきまひるのそねみ
 
333
夏となり人みな去りし寄宿舎をめぐる青木にあめそゝぎつゝ
 
 湯船沢 二首
 
334
七月の森のしづまを月いろのわくらばみちにみだれふりしく
 
335
うちくらみ梢すかせばそらのいろたゞならずしてふれるわくら葉
 
 石ヶ森
 
336
いまははや誰か惑はんこれはこれ安山岩の岩頸にして
 
 沼森 二首
 
337
この丘のいかりはわれも知りたれどさらぬさまにて草むしり行く
 
338
山山はつどひて青き原をなすさてその上の丘のさびしさ
 
 新網張 二首
 
339
まどろみにふっと入りくる丘の色海のごとくにさびしきもあり
 
340
しろがねの夜明けの雲はなみよりもなほたよりなき野を被ひけり
 
 大沢坂峠
 
341
大沢オササカの峠も黒くたそがれのそらのなまこの雲にうかびぬ
 
 同 まひる
 
342
ふとそらのしろきひたひにひらめきて青筋すぎぬ大沢坂峠
 
 茨島野
 
343
山の藍そらのひゞわれ草の穂と数へきたらば泣かざらめやは
 

以上地質調査中

以下東京、秩父

 博物館
 
344
歌まろの乗合船の前にきてなみだながれぬ富士くらければ
 
345
うすれ日の旅めのきぬはほそぼそと富士のさびしさうたひあるかな
 
 神田
 
346
この坂は霧のなかよりおほいなる舌のごとくにあらはれにけり
 
 植物園
 
347
八月も終はれるゆゑに小石川青き木の実の降れるさびしさ
 
 博物館
 
348
歌まろの富士はあまりにくらければ旅立つわれも心とざしぬ
 
 上野
 
349
東京よこれは九月の青苹果かなしと見つゝ汽車に乗り入る
 
 小鹿野
 
350
さわやかに半月かゝる薄明の秩父の峡のかへりみちかな
 
 荒川上流
 
351
鳳仙花実をはぢきつゝ行きたれど峡のながれの碧くかなしも
 
 三ッ峯 二首
 
352
星の夜をいなびかりするみつみねの山にひとりしなくかこほろぎ
 
353
星あまりむらがれる故みつみねのそらはあやしくおもはゆるかも
 
 岩手公園
 
354
うちならびうかぶ紫苑にあをあをとふりそゝぎたるアーク燈液
 
 農場 二首
 
355
風ふけばまるめろの枝ゆれひかりトマトさびしくみちにおちたり
 
356
そらしろくヌクき堆肥はこほろぎのなけるはたけにはこばれにけり
 
 仙台
 
357
綿雲の幾重たゝめるはてにしてほつとはれたるひときれのそら
 
 福島
 
358
たゞしばし群とはなれて阿武隈の岸にきたればこほろぎなけり
 
359
水銀のあぶくま河にこのひたひぬらさんとしてひとり来りぬ
 
 山形
 
360
雲たてる蔵王の上につくねんと白き日輪かゝる朝かな
 
361
銀の雲焼杭のさくわれはこれこゝろみだれし旅のわかもの
 
 福島
 
362
しのぶやまはなれて行ける汽鑵車のゆげのうちにてうちゆらぐなり
 
 盛岡
 
363
うたがひはつめたき空のそこにすみ冬ちかければわれらにいたる
 
364
かくてまた冬となるべきよるのそらたゞやふ霧に降れる月光
 
365
夜の底に霧たゞなびき燐光の夢のかなたにのぼりし火星