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歌稿A 大正四年四月より

 
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かゞやけるかれ草丘のふもとにてうまやのなかのうすしめりかな
 
232
ゆがみうつり馬のひとみにうるむかも五月の丘にひらくる戸口
 
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ひるま来しかれ草丘のきれぎれはまどろみのそらをひらめき過きぬ
 
234
をちやまに雪かゞやくを雲脚の七つ森にはおきな草咲く。
 
235
雲ちゞれつめたくひかるうすれ日をちがやすがるゝ丘にきたりぬ
 
236
玉髄のかけらひろへど山裾の紺におびえてためらふこゝろ
 
237
落ちつかぬたそがれのそらやまやまは生きたるごとく河原を囲む
 
238
しめやかに木の芽ほごるゝたそがれを独乙冠詞のうた嘆きくる
 
239
まくろなる石をくだけばなほもさびし夕日は落ちぬ山の石原
 
240
毒ヶ森南昌山の一つらはふとをどりたちてわがぬかに来る
 
241
北上の砂地に粟を間引き居しにあやしき笛の山より鳴り来し
 
242
やまはくらし雪はこめたり谷のきざみわが影を引くすそのの夕陽
 
244
野うまみなはるかに首あげわれを見つむみねの雪より霧湧き降るを
 
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霧しげき裾野を行けばかすかなる馬のにほひのなつかしきかな
 
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この惑星夜半より谷のそらを截りて薄明の鳥の声にうするゝ
 
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ふくよかにわか葉いきづきあけのほしのぼるがまゝに鳥もさめたり
 
248
りんごの樹ボルドウ液の霧ふりてちいさき虹のひらめけるかな
 
249
風吹きて豆のはたけのあたふたと葉裏をしらみこゝろくるほし
 
250
ちぎれ雲ちいさき紺の甲虫のせなかにうつる山かひのそら
 
251
花粉喰む甲虫のせなにうつるなり峡のそら白き日しよんと立つわれ
 
252
かたくなの暮の微光にうかびたる山の仲間の一つなりしか
 
253
夜はあけて木立はじつと立ちすくむ高倉山のみねはまぢかに
 
254
夜のうちにすこしの雪を置きて晴れし高倉山のやまふところに
 
255
大ぞらはあはあはふかく波羅密の夕つゝたちもやがて出でなん