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花鳥図譜・七月・

(北上川はけい気をながしイ
 山彙〔やま〕はまひるの思睡しすゐかざす)
   南の松の林から
   なにかかすかな黄いろのけむり
(こつちの路がいゝぢやあないの?)
(おかしな鳥があすこに居る!)
(どれだい)
   稲草が魔法使ひの眼鏡で見たといふ風で
   天があかるい孔雀石板くじやくいしばん
   張られてゐるこのひなか
   川を見おろす高圧線に
   まこと思案のその鳥です
(ははあ、あいつは翡翠かはせみ
 かはせみさ めだまの赤い
 あゝミチア、今日もずゐぶん暑いねえ)
(何よ ミチアつて)
(あいつの名だよ
 ミの字はせなかのなめらかさ
 ミの字はせなかのなめらかさ
 チの字はくちの尖つたぐあひ
 アの字はつまり愛称だな)
(マリアのアも愛称なの?)
(ははは、来たな
 聖母はしかくののしりて
 降誕祭クリスマスをば待ちたまふ…)
(クリスマスなら毎日あるわ
 受難日だつて毎日あるわ
 あたらしいクリストは
 千人だつてきかないから
 万人でつてきかないから)
(ははあ こいつはどうも…)
   まだ魚狗かはせみはじつとして
   川の青さをにらんでゐます
(…ではこんなのはどうだらう
 あたいの兄貴はやくざもの、と)
(それなによ)
(まあ待つた
 あたいのあにきはやくざもの、と
 あしが弱くてあるきもできず、と
 口をひらいて飛ぶのが手柄
 名前を夜鷹と申しますといふんだ)
(おもしろいわ それなによ)
(まあ待つて、
 それにおととも卑怯もの
 花をまはつてみいみい鳴いて
 蜜を吸ふのが…えゝと、蜜を吸ふのが…)
(得意です?)
(いや)
(何より自慢?)
(いや、えゝと
 蜜を吸ふのが日永の仕事
 蜂の雀と申します)
(おもしろいわ それ何よ)
(あたいといふのが誰だとおもふ?)
(わからないわ)
(あすこにとまつてゐらつしゃる
 目のりんとしたお嬢さん!)
(かはせみ?)
(まあそのへん)
(夜鷹があれの兄貴なの?)
(さうだとさ)
(蜂雀かが弟なの)
(さうだとさ
 第一それは女学校だかどこだかの
 おまへの本にあつたのだぜ)
(知らないわ)
  さてもこんどはししうどの
  月光いろの繖形花から
  びらうどこがねが一聯隊
  青ぞら高く舞ひ立ちます
(まあ大きな金苞華バツタカツプ!)
(ねえ、あれ、つきみさうだねえ)
(はははは)
(学名は何ていふのよ?)
(学名なんかうるさいだらう)
(だつてふつうのことばでは
 属やなにかも知れないわ)
(エノテラ、ラマーキアナ、何とかつといふんだ)
(ではラマークの発見だわね)
(発見にしちやなりがすこうし大きいな)
  燕麦の白い鈴の上を
  へらさぎ二疋わたつて来ます
(どこかですももを焼いてるわ)
(あすこの松の林のなかで
 木炭すみかなんかをやいてるよ)
木炭すみぢやない、瓦窯だよ)
(瓦やくとこ見てもいゝ?)
(いゝだらう)

  林のなかは淡いけむりと光の棒
  窯の奥には火がまつしろで
  屋根では一羽
  ひよがしきりに叫んでゐます
(まああたし
 ラマーキアナの花粉でいつぱいだわ)
  燕尾イリスの花はしづかに燃える


掲載誌「女性岩手」第二巻第三号(1933年7月20日)
関連作品:「春と修羅 第二集」の「一五八〔北上川は螢気をながしィ〕」