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客を停める

その洋傘かさだけでどうかなあ
虹の背後うしろが青く暗くておかしいし
そのまた下があんなにまつ赤な山と谷
  ……こんもりと松のこもつた岩の鐘……
日にだまされてでかけて行くと
上着もなにも凍ってしまふ
  ……建物中のガラスの窓が
    みんないちどにがたがた鳴つて
    林はまるで津波のやう……
ああもう向ふで降つてゐる
へんにはげしく光つてゐる
どうも雨ではないらしい
  ……もうそこらへもやつてくる
    まっ赤な山もだんだんかくれ
    木の葉はみんな鼠になつて
    ぐらぐら東へ流亡ながされる……
それに上には副虹だ
あの副虹のでるときが
いちばん咽喉にわるいんだ
  ……ロンドンパープルやパリスグリン
    あらゆる毒剤のにほひを盛つて
    青いアーク虚空そらいつぱいに張り亙す……
向ふの宿やどはだいじやうぶ
たゞあすこらは続いたひでりのあとなので
学童こどもがみんな暗くてね
王女や花ではだめらしい
まあ掛けたまへ
ぢきにきれいな天気になるし
なにか仕度もさがすから
  ……たれも行かないひるまの野原
    天気の猫の目のなかを
    防水服や白い木綿の手袋は
    まづロビンソンクルーソー……
ちよつと変つた葉巻を巻いた
フエアスモークといふもんさ
それもいつしよにもつてくる


掲載誌「詩人時代」第二巻第十一号(1932年11月1日)
関連作品:「春と修羅 第二集」の「〔三〇五 その洋傘だけではどうかなあ〕」