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空明と傷痍

こう気の海の青びかりする底に立ち
いかにもさういふ敬虔な風に
一きれ白い紙巻煙草シガーレットを燃すことは
月のあかりやらんかんの陰画
つめたい空明への貢献である。
  ……ところがおれの右掌の傷は
    鋼青いろの等寒線に
    わくわくわくわく囲まれてゐる……
しかればきみはピアノを獲るの企画をやめて
かの中型のヴァイオルをこめ弾くべきである
燦々として析出される氷晶を
総身浴びるその謙虚なる直立は
物のきほひにふさはしからぬ
  ……ところがおれのてのひらからは
    血がまっ青に垂れてゐる……
月をかすめる鳥の影
電信ばしらのオルゴール
泥岩を噛む水瓦斯と
一列黒いみをつくし
  ……てのひらの血は
    ぽけっとのなかで凍りながら
    たぶんぼんやり燐光をだす……
しかも結局ピアノをあきらめかねるとすれば
畢竟きみのその厳粛な直立も
月賦で買った緑青いろの外套に
しめったルビーの火をともし
かすかな青いけむりをあげる
一つの焦慮の工場に過ぎぬ


掲載誌「文藝プランニング」第三号(1930年11月1日)
関連作品:「春と修羅 第二集」の「二 空明と傷痍」