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心象スケッチ朝餐

 小麦粉とわづかの食塩とからつくられた
イーハトヴ県のこの白く素朴なパンケーキのうまいことよ
はたけのひまな日あの百姓がじぶんでいちいち焼いたのだ
  顔をしかめて炉ばたでこれを焼いていると
  赤髪のこどもがそばからいちまいくれといふ
  あの百姓は顔をしかめてやぶけたやつを出してやる
  そして腹では笑ってゐる
林は西のつめたい風の朝
味ない小麦のこのパンケーキのおいしさよ
わたくしは馬が草を食ふやうに
アメリカ人がアスパラガスを喰ふやうに
すきとほった空気といっしょにむさぼりたべる
こんなのをこそSpeisenとし云ふべきだ
  ……雲はまばゆく奔騰し
    野原の遠くで雷が鳴る……
林のバルサムの匂ひを加へ
あたらしい晨光の蜜を塗って
わたくしはまたこの白い小麦の菓子をたべる。


掲載誌「虚無思想研究」第六号(1925年2月1日)
関連作品:「春と修羅 第二集」の「五一五 朝餐」