目次へ  縦書き

過去情炎

載られた根から青じろい樹液がにじみ
あたらしい腐植のにほひを嗅ぎながら
きらびやかな雨あがりの中にはたらけば
わたくしは移住の清教徒ピュリタンです
雲はぐらぐらゆれて馳けるし
梨の葉にはいちいち精巧な葉脈があって
短果枝には雫がレンズになり
そらや木やすべての景象ををさめてゐる
わたくしがここを環に掘ってしまふあひだ
その雫が落ちないことをねがふ
なぜならいまこのちいさなアカシアをとったあとで
わたくしは鄭重にかがんでそれに唇をあてる
えりおりのシャツやぼろぼろの上着をきて
企むやうに肩をはりながら
そっちをぬすみみてゐれば
ひじような悪漢〔わるもの〕にもみえやうが
わたくしはゆるされるとおもふ
なにもかもみんなたよりなく
なにもかもみんなあてにならない
これらげんしゃうのせかいの中で
そのたよりない性質が
こんなきれいな露になったり
いぢけたちいさなまゆみの木を
べにからややさしい月光いろまで
豪奢な織物に染めたりする
そんならもうアカシヤの木もほりとられたし
いまはまんぞくしてたうぐわをおき
わたくしは待ってゐたこひびとにあふやうに
應揚にわらってその木のしたへゆくのだけれども
それはひとつの情炎だ
もう水いろの過去になってゐる


掲載誌「貌」第二号(1925年8月10日)
関連作品:「心象スケッチ 春と修羅」にほぼ同じ作品