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     浮世繪
         (展覧会印象)

   (一)

膠とわづかの明礬が
 ……おゝその超絶顕微鏡的に
   微細精巧の億兆の網……
まつ白なかうぞの繊維を連結して
湿気によつてごく敏感に増減し
気温によつていみじくいみじく呼吸する
長方形のごくたよりない一つの薄い層をつくる
  いまそこに
  あやしく刻みいだされる
  雪肉乃至象牙のいろの半肉彫像
  愛染される
  一乃至九の単色調
  それは光波のたびごとに
  もろくも崩れて色あせる
見たまへこれら古い時代の数十の頬は
あるひは解き得ぬわらひを湛え
あるひは解き得てあまりに熱い情熱を
その細やかな眼にも移して
褐色タイルの方室のなか
茶色なラッグの壁上に
巨きな四次の軌跡をのぞく
窓でもあるかとかゝつてゐる
高雅優美な信教と
風韻性の遺伝をもつた
王国日本の洗練された紳士女が
つゝましくいとつゝましくその一々の
十二平方デシにも充たぬ
小さな紙片をへめぐつて
或はその愛欲のあまりにもやさしい模型から
胸のなかに燃え出でやうとする焔を
はるかに遠い時空のかなたに浄化して
足音軽く眉も気高く行きつくし
あるひはこれらの遠い時空の隔りを
たゞちに紙片の中に移して
その古い慾情の香を呼吸して
こゝろもそらに足もうつろに行き過ぎる

   (二)

そこには苹果りんご青のゆたかな草地や
曇りのうすいそらをうつしてたゝえる水や
はるかに光る小さな赤い鳥居から
幾列飾る硅孔雀石の杉の木や

    永久的な神仙国の創建者
    形によれる最偉大な童話の作家
どんよりとよどんだ大気のなかでは
風も大へんものうくて
あまりにもなやましいその人は
丘阜に立つてその陶製の盃の
一つを二つを三つを投げれば
わづかに波立つその膠質の黄いろの波
  その一一の波こそは
  こゝでは巨きな事蹟である
それに答へてあらはれるのは
はじめてまばゆい白の雲
それは小松を點々のせた
黄いろな丘をめぐつてこつちへうごいてくる

     一つのちがったatmosphereと
     無邪気な地物の設計者
人はやつぱり秋には
禾穂いなほを叩いたり
鳴子を引いたりするけれども
氷点は摂氏十度であつて
雪はあたかも風の積つた綿であり
柳の波に積むときも
まつたくちがつた重力法によらねばならぬ
夏には雨が
黒いそらから降るけれども
笹ぶねをうごかすものは
風よりはむしろ好奇の意志であり
蓮はすべて lotus といふ種類で
開くときには鼓のやうに
暮の空気をふるはせる

しかもこれらの童期はやがて
熱くまばゆい青春になり
ゆたかな愛燐の瞳もおどり
またそのしづかな筋骨も軋る

   (三)

赤い花火とはるかにひかる水のいろ
たとへばまぐろのさしみのやうに
妖治な赤い唇や
青々としてそり落された淫蕩な眉
鋭い二日の月もかゝれば
つかれてうるむ瞳にうつる
町並の屋根の灰いろをした正反射

          その眼のまはりに
          あゝ風の影とも見え
          また紙がにじみ出したとも見える
          このはぢらひのうすい白色
黒いそらから風が通れば
やなぎもゆれて
風のあとから過ぎる情炎