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     詩への愛憎(作品第五〇八番)

雪と飛白岩ギャプロの峰の脚
二十日の月の錫のあかりに
澱んで赤い落水管と
ガラスづくりの發電室と
   ……また餘水吐の青白い瀧……
くろ蝸牛水車スネールタービン
早くも春の雷気を鳴らし
鞘翅發電機ダイナモコレオプテラをもつて
愴たる夜なかの睡気を顫はせ
大トランスの六つから
三萬ボルトのけいれんを
野原の方へ送りつけ
むら気多情の計器メーターどもを
ぽかぽか監視してますと
いつか巨大な配電盤は
交通地圖の模型に變じ
小さな汽車もかけ出して
海より眠い耳もとに
やさしい聲がはいつてくる
おゝ戀人の全身は
玲瓏とした氷でできて
谷の氷柱を靴にはき
淵の薄氷をマントに着れば
胸にはひかるポタシュパルヴの心臓が
耿々としてうごいてゐる
やつぱりあなたは心臓を
三つももつてゐたんですねと
技手がかなしくかこつて云へば
佳人はりうと胸を張る
どうして三つか四つもなくて
脚本ひとつ書けませう
技手は思はず憤ほる
なにがいつたい脚本です
あなたのむら気な教養と
愚にもつかない虚名のために
そこらの野原のこどもらが
小さな赤いもゝひきや
足袋をもたずに居るのです
舊年末に長家らが
魚や薬の市に来て
溜息しながら夕方まで
行つたり来たりするのです
さういふ犠牲に値する
巨匠はいつたい何者ですか
さういふ犠牲に對立し得る
作品こそはどれなのですか
もし藝術といふものが
蒸し返したりごまかしたり
いつまでたつてもいつまで経つても
やくざ卑怯の遁げ場所なら
そんなものこそ叩きつぶせ
云ひ過ぎたばと思つたときは
令嬢フロイラインの全身は
いささかピサの斜塔のかたち
どうやらこれは重心が
脚より前へ出て来るやう
ねえご返事をきゝませう
なぜはなやかな機知でなり
突き刺すやうな冷笑なりで
ぴんと弾いて来ないんです
おゝ傾角の増大は
tの自乗に比例する
ぼくのいまがた云つたのは
ひるま雑誌で讀んだんです
しつかりなさいと叫んだときは
ひとはあをあを昏倒して
ぢやらんぱちやんと壊れてしまふ
愴惶として眼をあけば
コンクリートの冷たい床で
工夫は落した油罐オイルをひろひ
窓のそとでは雪やさびしい蛇紋岩サーペンテインの峯の下
まつくろなフェロシリコンの工場から
赤い傘火花の雲が舞ひあがり
一列の清冽な電燈は
たゞ青じろい二十日の月の
盗賊紳士風した風のなかです