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     作品第四〇九番ノ一

今日もまたしやうがないな
青ぞらばかりうるうるで
窓から下はたゞいちめんのひかつて白いのつぺらぼう
砂漠みたいな氷原みたいな低い霧だ
雪にかんかん日が照つて
あとで気温がさがつてくると
かういふことになるんだな
泉澤だの藤原だの
太田へ帰る生徒らが
聲だけがやがやすぐ窓下を通つてゐて
帽子も顔もなんにも見えず
たゞまつ白に光る霧が
ぎらぎら澱んでゐるばかり
もつとも向ふのはたけには
つるうめもどきの石藪が
小さな島にうかんでゐるし
正門ぎはのアカシヤ列は
茶いろな莢をたくさんつけて
蜃気楼そつくり
脚がぼんやり生えてゐる
さうだからといつて……
なんだい泉澤なんどが
正門の前を通りながら
先生さよならなんといふ
いつたい霧の中からは
こつちが見えるわけなのか
さよならなんていはれると
まるでわれわれ職員が
タイタニックの甲板で
Nearer my God か何かうたふ
悲壮な船客まがひである
むしろこの際進度表などなげ出して
寒暖計やテープをもつて
霧にじやぼんと跳びこむことだ
いくら異例の風景でも
立派な自然現象で
活動寫眞のトリックなどではないのだから
寒暖計も湿度計も……
 ……霧はもちろん飽和だが……
地表面から高さにつれて
ちがつた數を出す筈だ