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     水源手記(作品第一七一番)

いま来た角に
二本の白楊ドロが立ってゐる
雄花の紐をひつそり垂れて
青い氷雲に浮かんでゐる
おれもこゝらへすわるとしよう
水銀いろの小流れは
蒔絵のやうに走つてゐるし
そのいちいちの曲り目には
藪もぼんやりけむつてゐる

もういまごろは校長も
青い野原の遠くの方で
髪をちやきちやき刈り込んで
足をのばして寝たころだ
布教師白藤先生も
説教が濟んでがらんとして
寝しなのお茶をのんでるころだ
いやもうそれは昨夜のことで
校長さんはそろそろ次の答申案を書くために
威厳たっぷり起きはじめ
引つぱりだこの島地大等高弟は
夜あけの汽車に間に合はうと
せつせとあるいてゐるかもしれん
さうでなければ
まあ両方のまん中ごろ
帽子の影がさういふふうだ
シャープ鉛筆 月印
紫蘇のかをりの青じろい風
熟した巻雲の中の月だ
一梃の銀の手斧が
水のなかだかまぶたのなかだか
ひどくひかつてゆれてゐる
太吉がひるま
この小流れのどこかの角で
まゆみの藪を截つてゐて
歸りにこゝへ落したのだらう
なんでもそらのまんなかが
がらんと白く荒さんでゐて
風がおかしく酸つぱいのだ……
風……とそんなにまがりくねつた桂の木
低原のはらの雲も青ざめて
ふしぎな縞になってゐるし……
すもゝが熟して落ちるやうに
おれも鉛筆をぽろつと落し
だまつて風に溶けてしまはう
このうゐきやうのかほりがそれだ
  コサック…コサック…コサック…
  コサック…コサック…
  コサック…兵が…
  コサック…兵が…駐屯…
       兵が…駐屯…する…
       兵が…駐屯…する…
       兵が…駐屯…する…
          駐屯…する…
          駐屯…する…
             する…
             する…

風…骨 青さ どこかで鈴が鳴つてゐる
どれぐらゐいま睡つたらう
青い風がひとつきれいにすきとほつて
雲はまるで蝋で鋳たやうになつてゐるし
落葉はみんな落とした鳥の尾羽に見え
おれはまさしくどろの木の葉のやうにふるへる