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     葱嶺パミール先生の散歩(作品第一五四番)

気壓が高くなったので
昨日固態の水銀ほど
亂れた雲を弾いてゐた
地平の青い膨らみも
徐々に平位を復するらしい
しかも國土の質たるや
それが瑠璃から成るにもせよ
弾性なきを尚ばず
地面行歩に従つて
小さい歪みをつくること
あたかもよろしき凝膠ゲルなるごとき
これ上代の天竺と
やがては西域諸國に於ける
永い夢でもあつたのである

向ふかゞやく雪の火山のこつち側
何か播かれた四角な畑に
鉋屑カナガラ製の幢幡とでもいふべきものが
十二正しく立てられてゐて
古金の色の夕陽に映え
いろいろの風にさまざまになびくのは
たしかに鳥を追ふための装置であつて
別に異論もないのであるが
それがことさらあの高山を祀るがやうに
長短順を整へて
二列正しく置かれたことは
ある種拝天の遺風であるか
山岳教の餘習であるか
とにかく誰しもこの情景が
単なる實用が産出した
偶然とのみ看過し得まい

古金の色の夕陽と云へば
きみのまなこは非難する
どうして卑しい黄金キンをばとつて
この尊厳の夕陽に比すると
さあれわたしの名指したものは
今日世上交易の
暗い黄いろなものでなく
遠く時軸を遡り
幾多所感の海を経て
龍樹菩薩の大論に
わづかに暗示されたるたぐひ
すなはちその徳いまだに高く
その相はなはだ旺んであって
むしろ流金クイツクゴールドともなすべき
わくわくたるそれを云ふのである

さう亀茲きじ国の夕陽のなかを
やっぱりたぶんかういふ風に
鳥がすうすう流れたことは
出土のそこの壁畫から
ただちに指摘できるけれども
沼地の青いけむりの中を
はぐろとんぼが飛んだかどうか
そは杳として知るを得ぬ