目次へ  縦書き

〔峯や谷は〕

峯や谷は無茶苦茶に刻まれ私はわらじの底を抜いてしまってその一 番高いところから又低いところ又高いところと這ひ歩いてゐました。 雪がのこって居てある処ではマミと云ふ小さな獣〔ケモノ〕の群が 歩いて堅くなった道がありました。

この峯や谷は実に私が刻んだのです。そのけわしい処にはわが獣の かなしみが凝って出来た雲が流れその谷底には茨や様々の灌木が暗 くも被さりました。雨の降った日にこの中のほゝの花が一斉に咲き ました。

 けはしくも刻むこゝろのみねみねにさきわたりたるほゝの花はも。 又、

 こゝはこれ惑ふ木立のなかならず忍びを習ふ春の道場。

ほゝの花は白く山羊の乳のやうにしめやかにその蕋は黄金色に輝き ます。

この花をよろこぶ人は折って持って行っても何にもなりません。こ の花をよく咲かせやうと根へ智利硝石や過燐酸をやっても何にもな りません。

 ◎われは誓ひてむかしの魔王波旬の眷属とならず、
  又その子商主の召使たる辞令を受けず。