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生徒諸君に寄せる


中等学校生徒諸君
諸君はこの颯爽たる
諸君の未来圏から吹いて来る
透明な清潔な風を感じないのか
それは一つの送られた光線であり
決せられた南の風である

諸君はこの時代に強ひられ率いられて
奴隷のやうに忍従することを欲するか

今日の歴史や地史の資料からのみ論ずるならば
われらの祖先乃至はわれらに至るまで
すべての信仰や特性は
ただ誤解から生じたとさへ見へ
しかも科学はいまだに暗く
われらに自殺と自棄のみをしか保証せぬ

むしろ諸君よ
更にあらたな正しい時代をつくれ

諸君よ
紺いろの地平線が膨らみ高まるときに
諸君はその中に没することを欲するか
じつに諸君は此の地平線に於ける
あらゆる形の山嶽でなければならぬ

宙宇は絶えずわれらによって変化する
誰が誰よりどうだとか
誰の仕事がどうしたとか
そんなことを言ってゐるひまがあるか

新たな詩人よ
雲から光から嵐から
透明なエネルギーを得て
人と地球によるべき形を暗示せよ
 
新しい時代のコペルニクスよ
余りに重苦しい重力の法則から
この銀河系を解き放て

衝動のやうにさへ行われる
すべての農業労働を
冷く透明な解析によって
その藍いろの影といっしょに
舞踏の範囲にまで高めよ

新たな時代のマルクスよ
これらの盲目な衝動から動く世界を
素晴らしく美しい構成に変へよ

新しい時代のダーヴヰンよ
更に東洋風静観のキャレンジャーに載って
銀河系空間の外にも至り
透明に深く正しい地史と
増訂された生物学をわれらに示せ
おほよそ統計に従はば
諸君のなかには少なくとも千人の天才がなければならぬ
素質ある諸君はただにこれらを刻み出すべきである

潮や風……
あらゆる自然の力を用ひ尽くして
諸君は新たな自然を形成するのに努めねばならぬ

ああ諸君はいま
この颯爽たる諸君の未来圏から吹いて来る
透明な風を感じないのか


校本全集によれば、この詩の本当の姿は、次のようです。


    生徒諸君に寄せる

〔断章一〕

この四ヶ年が
    わたくしにどんなに楽しかったか
わたくしは毎日を
    鳥のやうに教室でうたってくらした
誓って云ふが
    わたくしはこの仕事で
    疲れをおぼえたことはない

〔断章二〕

   (彼等はみんなわれらを去った。
    彼等にはよい遺伝と育ち
    あらゆる設備と休養と
    茲には汗と吹雪のひまの
    歪んだ時間と粗野な手引があるだけだ
    彼等は百の速力をもち
    われらは十の力を有たぬ
    何がわれらをこの暗みから救ふのか
    あらゆる労れと悩みを燃やせ
    すべてのねがひの形を変へよ)

〔断章三〕

新しい風のやうに爽やかな星雲のやうに
透明に愉快な明日は来る
諸君よ紺いろした北上山地のある稜は
速かにその形を変じやう
野原の草は俄かに丈を倍加しやう
あらたな樹木や花の群落が
    ゝ
    ゝ
    ゝ
    ゝ
    ゝ

〔断章四〕

 諸君よ 紺いろの地平線が膨らみ高まるときに
 諸君はその中に没することを欲するか
 じつに諸君は此の地平線に於ける
 あらゆる形の山嶽でなければならぬ

〔断章五〕

サキノハカといふ黒い花といっしょに
革命がやがてやって来る
それは一つの送られた光線であり
決せられた南の風である、
諸君はこの時代に強ひられ率ひられて
奴隷のやうに忍従することを欲するか
むしろ諸君よ 更にあらたな正しい時代をつくれ
宙宇は絶えずわれらに依って変化する
潮風や風、
あらゆる自然の力を用ひ尽すことから一足進んで
諸君は新たな自然を形成するのに努めなばならぬ

〔断章六〕

新しい時代のコペルニクスよ
余りに重苦しい重力の法則から
この銀河系を解き放て

新しい時代のダーヴヰンよ
更に東洋風静観のキャレンジャーに載って
銀河系空間の外にも至って
更にも透明に深く正しい地史と
増訂された生物学をわれらに示せ

衝動のやうにさへ行われる
すべての農業労働を
冷く透明な解析によって
その藍いろの影といっしょに
舞踏の範囲にまで高めよ

素質ある諸君はただにこれらを刻み出すべきである
おほよそ統計に従はば
諸君のなかには少なくとも百人の天才がなければならぬ

〔断章七〕

新たな詩人よ
嵐から雲から光から
新たな透明なエネルギーを得て
人と地球にとるべき形を暗示せよ
 
新たな時代のマルクスよ
これらの盲目な衝動から動く世界を
素晴らしく美しい構成に変へよ

諸君この颯爽たる
諸君の未来圏から吹いて来る
透明な清潔な風を感じないのか

〔断章八〕

今日の歴史や地史の資料からのみ論ずるならば
われらの祖先乃至はわれらに至るまで
すべての信仰や特性はただ誤解から生じたとさへ見へ
しかも科学はいまだに暗く
われらに自殺と自棄のみをしか保証せぬ。

誰が誰よりどうだとか
誰の仕事がどうしたとか
そんなことを言ってゐるひまがあるのか
さあわれわれは一つになって 〔以下空白〕



 校本全集によると、(第6巻778頁〜785頁)

「本編は5枚のばらばらになったノート紙葉に記された作品である が、この紙葉は「詩ノート」と同質紙で、元の紙五枚を半分にちぎ ったものの右半分(略)五枚(十頁分)。横向きに(略)して使用。 昭和二年(1927年)に「盛岡中学校校友会雑誌」への寄稿を求 められ、(略)「四枚の稿紙」を送られ、これに清書するための下 書として着手され、しかしついに完成に至らなかったと見られるも の。右校友会誌には、「奏鳴四一九」「銀河鉄道の一月」の二編が 発表された。」
「なお、本編がはじめて公表されたのは、「朝日評論」誌一巻二号 (朝日新聞社刊・昭和二十一年四月号、八四〜八六頁)においてで あり、この時は、一応の完結性のある形まで、大幅に校訂・再構成 されていた。これは、一部字句の追加や削除、順序変更など、問題 を含みながらも、作者の意図の存するところを忖度しつつなされた 一つの試みの結果としての意義を持つものであり、その後、数種の 刊行物に収録され、比較的広く世に知られた形でもあるので、参考 のため、以下に掲げておく。」

として、最初にかかげた詩篇が載っています。つまり「作者」は 「朝日評論」というわけです。