目次へ  縦書き

〔石川善助追悼文〕

 石川さんを失つてすでに百日を経た。

 いまはもう東京の夜の光のをりも、北日本を覆ふ雨の雲も、 曾つてこの人が情熱と憤懣を載せて、その上を奔つた北太平洋もみ なこの詩人の墓となつた。そこでは分つことも劃ることもいらない、 たゞ洞然たる真空の構成、永久の墳墓、永久の故郷である。しかも この詩人の墓銘はうつくしい。一頃に七度衣を更へる水平線も、仙 台の町裏の暮あいに、円く手をつないで唱ふ童子らの声も、凡そこ の人か高邁の眉をあげた処、清澄の心耳を停めた処、そこにわれら はこの人の墓銘を読む。

 更に曾つてこの人が関心した東洋の伝承は云ふ。虐げず傷つけざ るこの人の如くにして、いまその身清爽ならざるものに非ず、自ら 責むるに懇きこの人の如くにして、いま衣にわづらはさるゝものに 非ず、師父先蹤を敬するこの人の如くにして、諸人の愛敬を得ざる ものに非ず等。