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盛岡高等農林学校農学科第二学年修学旅行旅行記

  二十八日(火曜日) 〔解散〕         宮沢賢治

午前八時十二名よりなる伊勢参宮の一体は先生並に一同に厚く旅行 中の御尽力を謝し、九時発の上り列車にて伊勢路に向つた此の一行 は人員も最も多く僕も亦此の一員なれば僕は此の行について書かう。

見送りに来て呉れた一同と互に健康を祝して汽車は勢よく京都駅を 発した。草津を過ぎ逢坂の関を越え鈴鹿の突道を出でて後は伊勢独 特の渺々たる菜種畑の真只中を一直線に南下するのである。伊勢米 の産地たる安濃一志の大平野を過ぎて神都に着いたのは午後三時で ある。山田市の市民は今や皇后陛下の行啓を迎ふべく混雑を極めて 居る時であつた。先づ外宮に参拝し自動車にて直ちに内宮に向ふ。 五十鈴川の清き流れに顔を洗ひ大樹森々たる御苑の中を縫うて進め ば其の神々しさは言語に絶し神前に対する時自ら頭の下るを覚えた。 日露戦役の記念品を見旧街道を見物して後二見ヶ浦に向ひ直ちに立 石に行けば折りから名物の伊勢の夕凪にて一波立たず油を流したる が如き海上はるかに知多の半島はまぼろしの如くで其の風景の絶佳 云はん方なしだ。一同二見館に宿り翌朝日の出を拝し静なる朝凪を 利用して汽船にて三河国蒲郡に着し直ちに東京へ向つた。(完)