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[89](1918年10月1日)保阪嘉内あて 葉書

(表)東京市外上目黒五六四 第二有光館 保阪嘉内様
   岩手花巻川口町 宮澤賢治

おちぶれるも結構に思ひます落魄れないと云ふのも大したことではないではありませか

暖かく腹が充ちてゐては私などはよいことを考へません しかも今は父のおかで暖く不足なくてゐますから実にづるいことばかり考へてゐます。

私の世界に黒い河が速にながれ、沢山の死人と青い生きた人とがながれを下って行きまする。青人は長い手を出して烈しくもがきますがながれて行きます。青人は長い長い手をのばし前に流れる人の足をつかみました。また髪の毛をつかみその人を溺らして自分は前に進みました。あるものは怒りに身をむしり早やそのなかばを食ひました。溺れるものの怒りは黒い鉄の瓦斯となりその横を泳ぎ行くものをつゝみます。流れる人が私かどうかはまだよくわかりませんがとにかくそのとほりに感じます。