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[83] 1918年7月25日 保阪嘉内あて 封緘葉書

(表)甲斐国北巨摩郡駒井村 保阪嘉内様
   大正七年七月二十五日 巌手県稗貫郡石鳥谷停車場ニテ 宮沢賢治 (封印)〆

昨日花巻からの葉書は御覧になりましたか。今石鳥谷から東の方の山へ入る処で一寸林学の小泉さんを待ち合せてゐる中に又御便り致します。

私は先日肋膜がどうも工合悪くなりさうだから山歩きを止めろと云ふ医者の勧めと父が病気な為とにより学校へはもう行かないことにきめました。けれどもとにかく予定の地質調査丈はするつもりでゐます。

これからさきとても私には労働らしいことはできません。一昨日も歩きながら胸が苦しくて仕方なかったのです。

私がさっぱりあなたの御心持を取り違ひてゐるとか云ふことも本統でせう。どうせ私の様に軽率に絶へず断案に達するものは間違ふのが当然です。

又あなたは私の気ばかりでさっぱり思ふ様に行の進まないのを御笑ひになるのでせうがそれも仕方ありません。

とにかくとにかく
「私は馬鹿で弱くてさっぱり何もとり所がなく呆れはてた者であります。」
と云ふ事をあなたにはっきりと申し上げて置きますからこれからさき途方もない間違が起って私がどんな事を云ってもあまりびっくりなさらんで下さい。

返す返すも思ひ出します。魔王波旬に支配されてゐる世界、その子商主にへつらふ人々、あゝAも波旬と商主に齧ぢられた、Bも波旬にだまされた Cも商主に誘はれた それからXもYもZもみんなさっぱりとつれて行かれてしまった。私は又勿論今ひっぱられて泣きながらばたばた云ってゐます。

すされ。波旬。こゝはなんじの国ならず。こゝは不可思議の昔より釈迦如来不退の菩薩行を修し給ひ、その捨て給へる身は今や空間の総てを満し給へり。波旬よ。恐れに身をもかくし得ずばこの国にありて至心に如来に帰命せよ。