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[77] 1918年7月1日 宮澤政次郎あて 封書

(表)稗貫郡花巻川口町 宮澤政次郎様 親展
(裏)大正七年七月一日 盛岡市内丸二九 玉井方 宮沢賢治拝(封印)〆

拝啓 先日は御手紙難有拝見仕り候 皆様御変り無之と存じ上げ候 私も別段の事は御座無く候へども近来少しく胃の近く痛む様にて或は肋膜かと神経を起し昨日岩手病院に参り候処左の方少しく悪き様にて今別段に水の溜れるとか云ふ事はなきも山を歩くことなどは止めよとの事にて水薬と散薬とを貰ひ参り候 本日学校を二三日休みて今少しはっきりとなりて出校致したき旨先生へ申し候処それならば鈴木医学士に見て貰へとの事にて先刻同医師宅に参り候

診察の末只今は決して悪しと云ふ事もなきも殊によれば罹るやも知れず薬は矢張用ふる様且つ山へ行く前には必らず見て貰ふ様然らざるば毎週一回位は来る様にとの事にて尚只今の分析は差支えなしとの事に御座候

なにぶんこの様の事に一一神経を病みては却て病気を起す事とも存じ候間今年一年は専心に分析と山の調査のみに従事し別段に身体を痛めざる様勉強は控へ申すべく候

度々この様に陰気なる事のみ申し上げ誠に御申し訳け無之候

夏休前の分析は大低七月二十日には終り申すべく候間次に山に出づる前十日位はうちにて休み申すべくその際又色々と申し上げ候

到々私も弱みを生じ終り候 就れ来春よりは気仙郡あたりにても静なる仕事に従事致したくと専ら願ひ居り候

又仮令病気となりても只今の仕掛けたる仕事のみは幾分結末を着くるを要し候。尚私のこの事は郡へは御話し下さらぬ様奉願候 先は

匆々

  大正七年七月一日

賢治拝