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[75] 1918年6月25日 保阪嘉内あて 封書(封筒ナシ)

此の度は御母さんをなくされまして何とも何とも御気の毒に存じます

御母さんはこの大なる心の空間の何の方向に御去りになったか私は存じません

あなたも今は御訳りにならない あゝけれどもあなたは御母さんがどこに行かれたのか又は全く無くおなりになったのか或はどちらでもないか至心に御求めになるのでせう。

あなた自らの手でかの赤い経巻の如来寿量品を御書きになつて御母さんの前に御供へなさい。

あなたの書くのはお母様の書かれるのと同じだと日蓮大菩薩が云はれました。

あなたのお書きになる一一の経の文字は不可思儀の神力を以て母親の苦を救ひもし暗い処を行かれゝば光となり若し火の中に居られゝば(あゝこの仮定は偽に違ひありませんが)水となり、或は金色三十二相を備して説法なさるのです。

あなたは御母さんの棺の前で自分一人の悟りを求めてはいけません。

心は勿論円周でもなければ直線でもないのでせう。

今夜はきっと雑誌を作って御送りします

    大正七年六月二十六日           宮沢賢治

  保阪嘉内様