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[74](1918年6月20日前後)保阪嘉内あて 封書(封筒ナシ)

保阪さん、久しく御無沙汰致しました 河本さんと一処の御手紙又御郷里からの御便り難有存じます 今河本さんから聞けば今度あなたの帰省なさったのは御母さんの御亡くなりになった為だとのことですが本統ですか 何かの間違らしくしか思はれませんが本統ですか 本統と仮定して今御悔みなどを云ふ気には私はなれません。私の母は私を二十のときに持ちました。何から何までどこの母な人よりもよく私を育てゝ呉れました。私の母は今年まで東京から向へ出たこともなく中風の祖母を三年も世話して呉れ又同じ病気の祖父をも面倒して呉れました。そして居て自分は肺を痛めて居るのです 私は自分で稼いだ御金でこの母親に伊勢詣りがさせたいと永い間思つてゐました けれども又私はかた意地な子供ですから何にでも逆らってばかり居ます この母に私は何を酬へたらいのでせうか。それ処ではない。全体どうすればいゝのでせうか。

私の家には一つの信仰が満ちてゐます 私はけれどもその信仰をあきたらず思ひます。勿体のない申し分ながらこの様な信仰はみんなの中に居る間だけです。早く自らの出難の道を明らめ、人をも導き自ら神力をも具へ人をも法楽に入らしめる。それより外に私には私の母に対する道がありません。それですから不孝の事ですが私は妻を貰って母を安心させ又母の劬労を軽くすると云ふ事を致しません。私は今一つの務を果す為に実に実に陰気なびくびくものの日を送つてゐます。私は今学校の関さんの実験室に入って郡の土壌の分析をしてゐます。それは実にひどい失敗ばかりして居ます。天秤の皿に強硫酸をつけたり、瓦斯を止めずに帰ったり塩化アムモニアを炭酸アムモニアの代りに瓶へ入れて置いたり、私の様なぼんやりはとても定量分析などの様な精密な仕事をする資格がありません。それでも今止める訳にはどうしても行きません。五六十の土壌はどうしても今年中に分析しなければなりません。あゝけれどもこの実験室は盛岡の北の隅にあるのではない。諸仏諸菩薩の道場であります。私にとっては忍辱の道場です。Blunder headよ。放心者よ。おまへは毎日みぢめにも叱られしょんぼりと立ち試薬瓶の列を黙つて見てゐる。けれども動くな動くな。硅素もカリウムもみんな不可思議な光波(その波長の大さは誰も知らない。)の前に明に見られる前にはお前はごつごつと硅酸分離をやらねばならぬ。


今あなたの名は忘れました静岡県の人(内山君ではない)が来て論文の話などをした中にあなたの御母様は本統になくなられたのだと云ふことを聞きました。

  南無妙法蓮華経  南無妙法蓮華経
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