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[73] 1918年6月24日 宮澤政次郎あて 封書(托便)

(表)花巻川口町 宮澤政次郎様 托幸便
(裏)大正七年六月二十四日 盛岡ニテ 賢治拝

拝啓 本日磯さん帰省の事と相成り候

実は数日前より胸痛く岩手病院より薬を受け居り候由に御座候。昨夜肋膜の由承り菊池医師の診察を乞ひ候様勧め候処只今の養蚕の仕事にては誠に宜しからず一反帰省の旨可然由に有之軽症にて就れ数日乃至数十日にて全癒可致とは存じ候へども軽き間に治療候方宜しくと存じ先は早速帰省候様申し候

突然病名を御闇き下され御心配の御事と存じ先は右迄申し上げ候

尚母上にも養蚕にて余り御无理無之候奉願候    先は  敬具

   大正七年六月二十三日              賢治拝

 父上様
 母上様

 二伸

只今再度の御手紙拝見仕り候 一一御尤の仰に有之殊に最初取引より仕事に入り候方都合宜敷との旨最可然と感じ入り申し候 元来何の仕事にせよ幾分の発達を為したる後にては取引上の問題経済上最関係大なる事と存候 既に然らば最初に概算的ならず実際上の問題を調べたる上ならぱ最安全に製造業なり原始産業なりに従事致し得るの次第にて誠に難有御注意と存じ奉り候

就ては可成健康上にも宜しく旦つは余り掛引を要せざる仕事にても有之候はゞ只今の職業をそれに御換へ下されては如何に御座候や 勿論私は商業を為しては損を致すべく候間技術上の事に御使ひ下され度奉願候 可成は花巻の町にて店を開かざるも差支なき様の商売無之候や

砂金の売買とか諸工業原料の中央に対する売拡等の如き事ならば最私には都合宜しく御座候

例へぱ耐火粘土等は志戸平附近その他台に至る方面に多くの分布有之、又新堀村葛坂附近には美麗なる青色の雲母を含める粘土有之、壁土(装飾用)の原料として有望のものに有之候 或は大理石、乃至は石絨、花巻に於て斯る物の売買は決して不利には無之と存じ候

依て何卒工業原料の売買を以て今の職業に御換へ下さる間敷候や この職業は次の理由によりて充分に書籍を調べ得ざる限り不利なるものに御座候

 一、新工業或は新に最必要を感ずべき物の見当を附し得る事を要し、(例へば外国にて軽石の船、日本にて頑火石の船を発明したるとき之等原料を手近にて調査し置く如き、)

 二、如何なる床用あるかを知りて供給を変じ或は供給先を変ずる等を要する事
   (例へぱ葛丸川の耐火粘土を歯磨の原料として売る如き)

 三、有望なる赤用あるとき直接に之を経営するを有利とする事

工業原料の売買は主に運賃にのみ関係する事と相成るべく原料取得の労銀は何地も大低相似のものを存じ旁々面倒なる仕事には無之候

この職業ならぱ最趣味あり且つ自ら直接に高価なる原料採取の権利を購求せざる限り決して奇険なる事は無之と存じ候 仙台にては壁土のみを取り扱ふ大商店さへ有之候 又斯る仕事ならば花巻は実に本県にては最適の処に御座候

尚今後の化学工業(主に電気工業)の発達、合金等を研究する金相学の発達に従ては本県諸鉱山の鉱滓の買入等も有利なる事業と相成るべく候

実を云へぱ林産製造等は単にその製品の価格によりて大打撃を受くるものに御座候へども斯る職業は一方に於て打撃を受くるときは他方にてこれを償ふ如き事有之べく誠に結構の事と存じ候

只今五六年の間ならば有望なる工業原料産出の土地も単に林又は原野として充分買ひ得る事と存じ候

石灰岩の山ならば最早只今は坪十銭以内の売買は紫波郡には無之由に御座候 気仙郡等は未だ林の価格にて買ひ得べき処有之べく候

尚終に臨みて今一応申し上げ置き候は何卒斯る職業を御経営下され候御積りならば右商業に属する部分は鎌善等と共に合名会杜にても御作り下されたく私などが人に対する取引を致し候へば右の事業は全然失敗に終るべく候 私をば何卒技術員として御使用下され候様願上候 実は右の事業にて御陰を以て一人前と相成候はゞ東京へ参りて(十年や十五年後にても宜しく候)もう一返語学(それ迄には独逸語は卒業致すべく候)や数学を勉強致したくと存じ候

右の職業は当然早晩発達して種々の分業を生むべく候間からだの弱き人等は又それに応ずる仕事も充分有之次第に相成るべくと存じ候

先は以上  序を以て申し上げ候

大正七年六月二十四日                 賢治拝