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[71] 1918年6月20日 宮澤政次郎あて 封書

(表)稗貫郡花巻川口町 宮澤政次郎様 親展
(裏)大正七年六月二十日 盛岡市内丸二九 玉井郷芳方 宮沢賢治拝 (封印)〆

拝啓皆様御変り無之事と奉存候 当地にても一同無事御安心奉願候

 拠て私の学校に於る仕事に就て一寸御報知申し上げ候

 実は今週より郡の土壌分析に取り懸り候処大低今後は次の如き見当に依りて進行致すべき事判明仕り候

「朝七時半登校 夕 五時半−六時半に実験室を去りて今月より七月一杯、十一月及十二月の中旬迄、一月を以て土壌分析終了

八月中二十日間紫波郡地質調査
    七日間 小泉助教授と共に山地森林立地調査
九月十月中に四十日問稗貫郡地質調査 その他は総て化学実験室手伝」

右の如くにては今年及来年四月迄は全く書籍二三冊も読み難く又自分の研究等は勿論出来ざる次第にて実は来年四月に至り候とも全く何の仕事に従事すべきや見当附かざる次第に御座候

 又今週より土壌分析に関先生の実験室に入り居り候処従来の化学分析法とは全く別種にして且つ種々の規則も全く異り屡々叱正を蒙り候

加ふるに今年四月以来私の早く自分の仕事に従事致し度き為か何分急ぎ候様の事のみ多く分析等も充分心に入らず甚しき失敗を致す事多く御座候

例へば天秤の皿に硫酸を附着せしめ或はガスの栓を閉ぢずして帰り候様の事に御座候

 仍て本日先生にその事情を総て話し且つは失敗の詫をも致し候。特に早く林の中か海浜かにて静なる職業に従事しとし子の保養等も出来る様致し度き旨等も申し述べ候。且つ若し成る事ならば本年末迄に予定の仕事を総て終へて一月よりは諸方工場の見学等に歩き度き旨申し候。

然る処色々と先生も申され候へども若し家事上の都合止むを得ざるならば何時学校を去るも敢て止めざるも単に一ニケ月を急ぐならば再考を求むるの由に有之候 且つ先生は私は本統は分析等には余り適せず一人にて本を読みて考へる事最適なる由をも申され候

 仍て結局左の如くに願ひ置き候 若し私一存にて取決め御叱りを蒙るならば如何様にも訂正仕るべく候

 稗貫郡の本年の予定の仕事の終り次第学校を去る事

 実験指導補助なる辞令を八月限り辞退する事
 (右は先生が八月と定め申し候、何分直ちに辞するは変なりとの事に御座候)

斯の如くならぱ分析の閑々にも本を読み得べく、晩の帰りとても五時には実験室を出でて勉強し得べく特に多分一月か、又は二月よりは一ヶ月か二ヶ月間自分の勉強を致し得べく候

 尚本日以上の事を願ひ候は来年の研究生なき為に再び止めらるゝ様子有之候を
   (希望の生徒は三人有之候へども先生の方にて望まざる様に御座候)

  学校の先生の実験室にて多くの薬品や道具の要る為に、之を買ふ度に稗貫郡稗貫郡と申され甚恐縮なる為、
   (過日郡長殿来盛の際に薬品は郡にて出され候様頼み候へども先生は来年より左様致され候様とて断はられ候。)

甚自分勝手なる様に御座候へども実は土壌の化学分析なるものは形式的のものにて大したる効果無之ものなる為私には全く無駄仕事の様に思はれ候次第に御座候

   先は以上

 大正七年六月二十日       賢治

父上様