目次へ  縦書き

[67] 1918年6月6日 宮澤政次郎あて 封書

(表)稗貫郡花巻川口町宮澤政次郎様
(裏)六月六日 盛岡市内丸二九 宮澤賢治(封印)〆

謹啓 先日は清六の遠足に御寄附下され尚その節は色々と有難く頂戴仕り候

扨てその後学校にては大体化学実験の手伝を致し居り候処仕事は誠に面白き事のみ多く例へばニトロント云ふ一オンス十八円の薬品の分析に用ひたる癈液より再び之を回収し或は塩化白金(一瓦六円)を同じく癈液及白金線等の癈物より製出する等にてたとへ白分の実験には無之候とも随分経験上有益に御座候

本日白金線屑を王水に溶解しその残渣を何気なく白金の定性を致し候処白金の反応なく却てイリヂウム(或はオスミウム)らしき反応を得候 その際突然本県内にて兼て砂金中の白色の強酸に不溶なる金属を含む事を想起致し右は最早白金、イリヂウム及この属の稀金属と確信仕り候

北海道にては現に同地質より砂白金及イリヂウムを産し、殊にイリヂウムは多く有望なるも鉱量少き事を聞き申し候、本県は之等稀金属の母岩たる蛇紋岩の分布最大に有之必ずや近く之を問題とするに至る事と存じ候

就てはこの際兼て数回その必要を申し上げ候処の定性分析の装置を少しく備へ度と存じ候 右には試薬をも加へて最初は三十円を要すべきかと存じ候

次に先月末より求め候書籍漸く仙台の丸善より得申し候 右は左の三冊に御座候

  ハッチ、及ラスタル著
    岩石学、二、水成岩   四.一〇円

  ライス
    経済的地質学      八.八○円

  ウィンシェンク原著 ヨハンゼン英訳
    岩石学ノ基本要説    五、六〇円

右の内ライス著を今夕翻き所々散見仕り候処実に当地に適切なる岩石、鉱物を多数発見仕り誠に愉快に存じ候尚左の書籍

1. ゼームス、ゲーケー   構造及野外地質学

2. メーリル、       非金属鉱物及ソノ応用、
   イッデングス      造岩鉱物

3. 同、          火成岩 上下
   ハッチ         火成岩、
   ハーカー、       同上、 中ノ三冊

を得度と折角考慮致し候処本日東山堂主人の談によれぱ近来仙台にては大学の為に古本屋には実に東京よりも多くの種類(岩石、地質、化学、工学)有之候由にて且つ之等は学校の新学期となれば大分減ずる由承り若し参り候ば必ずや汽車賃位の事とは成るべくと存じ候

加ふるに鉱物分析、(定性)の書籍、一冊且つは前の化学用品を求むるとすれば仙台に参る事最有利に御座候

 一例、東京(仙台モ同価)三省堂、和製台ガラス 百枚 四十五銭
                  盛岡 熊谷薬店  八十銭

の如くにて之等の品物は現品覧たる上ならでは不安に有之さればとて当地にて買ふときは数割を損する次第に有之候 幸に田中工場支店仙台に有之本商店は大学より絶えず交渉を受け候為品質も価格も極めて適当にて当学校にても只今は盛岡の取次を経ず直接に同工場の注文取に注文する様に御座候

扱て度々の御願にて恐れ入り候へども斯る機会は必ず一二年中には逸し去る事と存じ候間何卒以上の処を御許可下さる間敷候や 則ち合計六十円許を御与へ下さる様奉願候 盛岡にても鉱物化学の必要なる事は屡々新聞等の杜説にも上り、私の学校に先日参り候以来鉱物の鑑定を頼みに来りし者も二名有之候、

何時迄も御厄介相懸け候へども最早之以上の所は決して御迷惑は申し出す間敷く顕微鏡は自分にて必ず働きて求むべく候間この度限り御許可願上候、

迫て仙台へ参るとすれば日曜の朝発ちて夜に帰り申すべく家へは直きに帰り申すべく候間立寄り申す間敷しく候

何卒至急御返事願上候

匆々

   大正七年六月六日

賢治拝

 父上様
 母上様