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[6]〔1912年11月3日〕宮澤政次郎あて 封書


謹啓 小生益頑健他事ながら御安心下され度侯

先月分の食費及舎費は二円十三銭の食ひ込みと相成り申し侯 先々月に於ては八十銭の繰り越しにて侯へしかどこれは間に合ひ申し侯 尚今月の繰り越しにつきては舎監よりの来書も之れ有るべく侯

又小生の小使に於ても大操越しを致し侯 その理由のうちの大なるもの大約是の如く侯

 結城蓄堂編
   和漢名詩抄    八十銭
 小田島孤舟著(三十八年に大沢の講話会に来りし佐々木孤舟といふ浄法寺の男)
   郊外の丘     二十五銭

     以上はこれ買はずともそれは済むものにて侯 帰省の際には持ち帰り御目にかくべく侯

   国文法教科書、  二十銭
   国語読本巻七   二十五銭

     以上は教科書、漢文巻四は学期始めに買ひたる為不要

   バケツ、一、   二十五銭

     一年生のときのは底ぬけ終り侯

   靴修繕費     九十銭

     来年の四月迄は大丈夫に候

   郷友会費     二十銭

大よそ各の如きものにて侯

又今夜佐々木電眼氏をとひ明日より一円を出して静座法指導の約束を得て帰り申し侯 佐々木氏は島津大等師あたりとも交際致しずいぶん確実なる人物にて侯。静座と称するものゝ極妙は仏教の最後の目的とも一致するものなりと説かれ小生も聞き噛り読みかじりの仏教を以て大に横やりを入れ申し侯へどもいかにも真理なるやう存じ申し侯。(御笑ひ下さるな)もし今日実見侯やうの静座を小生が今度の冬休み迄になし得るやうになり侯はゞ必ずや皆様を益する一円二円のことにてはこれなしと存じ侯 小生の筋骨もし鉄よりも堅く疾病もなく煩悶もなく侯はゞ下手くさく体操などをするよりよっぽどの親孝行と存じ申し侯 多分この手紙を御覧侯はゞ近頃はずいぶん生意気になれりと仰せられ侯はん。又多分は小生の今年の三月頃より文学的なる書を求め可成大きな顔をして歌など作るを御とがめの事と存じ申し侯。又そろそろ父上には小生の主義などの危き方に行かぬやう危険思想などはいだかぬやうと御心配のことゝ存じ申し侯

御心配御无用に侯 小生はすでに道を得侯。歎異抄の第一頁を以て小生の全信仰と致し侯 もし尽くを小生のものとなし得ずとするも八分迄は得会申し侯 念仏も唱へ居り侯。仏の御前には命をも落すべき準備充分に侯 幽霊も恐ろしく之无く侯 何となれば念仏者には仏様といふ味方が影の如くに添ひてこれを御護り下さるものと承り侯へば報恩寺の羅漢堂をも回るべし、岩手山の頂上に一人夜登ること又何の恐ろしき事かあらんと存じ侯 かく申せば又無謀なと御しかりこれ有るべく侯 然し私の身体は仏様の与へられた身体にて侯 同時に君の身体にて侯 杜会の身体にて侯 左様に無謀なることは致〔六字分紙面破れて不明〕れぱ充分御安心下され〔以下十数字不明〕申さず私は〔以下欠〕

二伸、今月は六円多く御送り下され度く侯