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[55] 1918年4月18日 成瀬金太郎あて 封書

     香川県木田郡神山村 成瀬金太郎様
     四月十八日

コノ度ハ御目出度ウ存ジマス。

御身体ノ工合ニ御変リハアリマセンカ。耳ノ方ハ宜シク御ナリナサイマシタカ。

貴方トユックリ御別レスルヒマモナク、俄ニ御発チニナッテシマッテ誠ニ残念ニ存ジマシタ。

盛岡ヲ御発チニナッタ翌日、私ハ新シイ本ガ問ニ合ハナカッタノデ、私ノ貰ッタ古イ本ヲ懐ニ入レテ晩方御宿ニ行キマシタラ、下宿ノオカミサンガ出テ来テ、モウ昨夜御発チニナッタト申シマシタ。ソノ人モ大変心配サウニシテ居リマシタ。私ハソレカラ仕方ナク細山田君ノ所へ行ッタラ外へ出テ居マセンデシタ。何トモ言ヘズ淋シク思ッテ私ハヤハリ停車場へ誰ヲ送ルト言フコトモナシニ参リマシタ。実ハアナタトユックリ御話シ合フ様ナ事ガ御互ニ沢山アッタノデスカラソレデアンナ気持ダッタノデセウ。タトヘ南洋へ御出カケニナリマセウガ又同ジ盛岡ニ居マセウガ、ドウセオシマヒハ同ジ事デスカラ楽シミデス。御互ニ之カラ所モ離レ又近ヅキ、境遇モ又変リ同ジクナルトシテモ、御互ニ唯一ノ日的ノ為ニ一切ノ衆生ノ為二進ンデ行クナラバ、悲シミハ悲シミデモアリマセン。

又元来悲シミヤ楽シミノ本体モナイノデセウ。「コレガ本統ノ悲シミダ。」ト思フコトハアルデセウカ。「コレガカナシミト言フモノナサウダ。」ト感ジ「ドコガソノ本性カ。」ト尋ネテ行ケバトウトウ捕マヘ兼ネマス。

楽ハ苦ノ種デモ苦ハ楽ノ種デモナク、苦ガヨイ事デモ楽ガヨイコトデモナク、又ドチラモ悪イコトデモナク、楽ハ苦ト同ジデモナク違フデモナク、唯楽ハ之レ妙法蓮華経ノ楽、苦ハ之レ妙法蓮華経ノ苦ニチガヒアリマセン。

妙法蓮華経ハ私共本統ノ名前デスカラ之ヲソシルモノハ自分ノ頸ヲ切ル様ナモノデセウ。至心二妙法蓮華経ニ帰命シ奉ルモノハヤガテ総テノ現象ヲ吾ガ身ノ内ニ盛リ、十界百界諸共ニ成仏シ得ル事デセウ。

鳴呼ポナペ島ハ三世諸仏ノ成道シ給ヘル所、三世諸仏ノ妙法ヲ説キ給フ所、三世諸尊ノ涅槃ニ入リ給フ所、法華ニ帰命シ奉ル人ハ過去ニ多クノ諸仏ヲ供養シ奉ッタ人、現在ニ諸仏ニ遭遇シ奉ル人ト聞キマシタ。

現在遭遇ノ諸仏ハソノ島ニ既ニ臨ミ給ヒマシタ。「一一文々、是真仏、真仏説法利衆生。」何卒一切ノ為ニ切角御奮励下サル様。卜申シテ私ナドハ気バカリ急イデサッパリ進マズ、ナマケルバカリ考ヘテ居マス。平和ナ本国カラコンナ手紙ヲ書クテハアリマセンデシタ。アナタノ方カラドウカ励マシテヨコシテ下サイ。

コノ度ハ御目出度ウ存ジマス。

御身体ノ工合ニ御変リハアリマセンカ。耳ノ方ハ宜シク御ナリナサ イマシタカ。

貴方トユックリ御別レスルヒマモナク、俄ニ御発チニナッテシマッ テ誠ニ残念ニ存ジマシタ。