目次へ  縦書き

[50](1918年3月20日前後)保阪嘉内あて 封書(封筒ナシ)

先日は忙しく御別れ致しました。最早御无事で御帰郷の事とは存じますが、御着きになったらどうか御知らせを願ひます。操り返す事ですが今度は私などは卒業してしまひ、あなたはこの様な事になり、何とも御申し訳ありません。どうかどうか自棄を起さずに、(尤もそんな心配も無かろうと思ひますが、)お父上様とよく御相談下され御機嫌よく新らしい努力に向って下さい。私共が新文明を建設し得る時は遠くはないでせうがそれ迄は静に深く常に勉め絶えず心を修して大きな基礎を作つて置かうではありませんか。あゝこの無主義な無秩序な世界の欠点を高く叫んだら今度のあなたの様に誤解され悪まれるばかりで、堅く自分の誤まった哲学の様なものに齧ぢり着いて居る人達は本当の道に来ません。私共は只今高く総ての有する弱点、裂罅を挙げる事ができます。けれども「総ての人よ。諸共に真実に道を求めやう。」と云ふ事は私共が今叫び得ない事です。私共にその力が無いのです。

保坂さん。みんなと一諸でなくても仕方がありません。どうか諸共に私共丈けでも、暫くの間は静に深く無上の法を得る為に一心に旅をして行かうではありませんか。やがて私共が一切の現象を自己の中に抱蔵する事ができる様になつたらその時こそは高く高く叫び起ち上り、誤れる哲学や御都合次第の道徳を何の苦もなく破つて行かうではありませんか。私の遠い先生は三十二かにおなりになって始めてみんなの為に説き出しました。保坂さん 私共は今若いので一寸すると、始め真実の心からやり出した事もいつの間にか大きな魔に巣を食はれて居る事があります。何とかして純な、真の人々を憐れむ心から総ての事をして行きたいものです。そうする事ばかりが私共自身を救ふの道でせう。

新らしく書き出します 保坂嘉内は退学になりました けれども誰が退学になりましたか。又退学になりましたかなりませんか。あなたはそれを御自分の事と御思ひになりますか。誰がそれをあなたの事ときめましたか 又いつきまりましたか。私は斯う思ひます。誰も退学になりません 退学なんと云ふ事はどこにもありません あなたなんて全体始めから無いものです けれども又あるのでせう 退学になったり今この手紙を見たりして居ます。これは只妙法蓮華経です。妙法蓮華経が退学になりました 妙法蓮華経が手紙を読みます 下手な字でごつごつと書いてあるらしい手紙を読みます 手紙はもとより誰が手紙ときめた訳でもありません 元来妙法蓮華経が書いた妙法蓮華経です。あゝ生はこれ法性の生、死はこれ法性の死と云ひます。只南無妙法蓮華経 只南無妙法蓮華経

至心に帰命し奉る万物最大幸福の根源妙法蓮華経 至心に頂礼し奉る三世諸仏の眼目妙法蓮華経 不可思議の妙法蓮華経もて供養し奉る一切現象の当体妙法蓮華経

保坂さん 私は愚かな鈍いものです。求めて疑つて何物をも得ません 遂にけれども一切を得ます 我れこれ一切なるが故に悟った様な事を云ふのではありません 南無妙法蓮華経と一度叫ぶときには世界と我と共に不可思議の光に包まれるのです あゝその光はどんな光か私は知りません 只斯の如くに唱へて輝く光です 南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経 どうかどうか保坂さん すぐに唱へて下さいとは願へないかも知れません 先づあの赤い経巻は一切衆生の帰趣である事を幾分なりとも御信じ下され本気に一品でも御読み下さい そして今に私にも教へて下さい。さい。