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[431] 1932年10月5日 森佐一あて 封書(封筒ナシ)

      1、

お手紙並びに詩誌ありがたくいたゞきました。詩社の方へもあとでお礼状出します。

      2、

おうちぢゅうお変りないやうで何よりです。お子さまも盛んに歩いてゐられるでせう。この前のお写真はくろうとではないやうでしたが、社の機械であなたがとったのかと邪推したりしてゐます。

      3、

「天才人」の随筆面白く拝見しました。就中最后の項ははなはだ同感です。同人雑誌の味もこの頃やっと判って来ましたが考へてみると「貌」はよくやったものでした。当時小生冷淡で済みませんでした。費用もかれこれ百円以上あなたが負担した訳で、今になってかれこれ悔んでみたりしてゐます。しかしあのあとへいづれにせよ一ぺん「嵐」は来るのでしたからやっぱりあすこら辺までだったでせうか。

      4、

私の病気もお蔭でよほどよくなりました。いつでもよほどよくなってゐるやつだと思ふでせうが、それほど恢復緩慢たるものです。病質はよく知りませんが、肺尖、全胸の気管支炎、肋膜の古傷、昨秋は肺炎、結核も当然あるのでせう。たゞ昨今次第に呼吸も楽になり、熱なく、目方ふえ、(十一貫位)一町ぐらゐは歩き、一時間ぐらゐづつは座るやうになった所を見れば、この十月十一月さへ、ぶり返さなければ生きるのでせうと思はれます。お医者にも昨冬からかゝりません。かかっても同じです。薬も広告にあるビール酵母だけ、あとは竹を煎じてのんでゐます。何でも結核性のも来は持久戦さへやる覚悟でゐればどうにかなるといふよりは他に仕方ないやうです。

      5、

果物まで送ってやらうとのお詞ですがどうか重ねてご心配くださらぬやう、純粋なお見舞いの詞とか、利害的成心のない単なる訪問とかいふやうなものは実に私などの環境からは稀にしかないので、さういふものを貴重に思ふことまことに宝珠のごとくです。あなた方ご新婚の際お出で下すったことなども私の方では蘇生の思ひをしてゐる訳です。何が蘇生だかと云はれても一寸説明に困りますが利害抜きといふものが遊戯でなしに冗長でなしに出てくるとさういふ新鮮さを放射するらしいのです。

      6、

まづはお礼ながら

  十月五日

 森 惣一様

宮沢賢治