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[423] 1932年6月 あて先不明 下書

お歌によればご子息様もおからだおすぐれにならぬご様子、何ともお傷はしく存じます。何卒一日も早くご快癒、ご両親様のご心配も除かるやう、衷心祈りたてまつります。

からだが丈夫になって親どもの云ふ通りも一度何でも働けるなら、下らない詩も世間への見栄も、何もかもみんな捨てゝもいゝと存じ居ります。病気はこんども結核の徴候は現はさず、気管支炎だけがいつまでも頑固に残って、咳と息切れが動作を阻げます。

   火雲 むらがりべば
   わがまなこはばみてうつろ。

 

   火雲 むらがりれば
   のんどこそしづにたゆたへ。

当地方旱魃の心配がちょっとございましたが一昨日昨日相当降り、稲も麦もまづよく、ご想像の通り盛んにかくこうが啼いて居ります。けれども只今の県下の惨状が今年麦や稲がとれる位の処でどうかなるとは思はれません。まあかうなっては村も町も丈夫な人も病人も一日生きれば一日の幸と思ふより仕方ないやうに存じます。殊によれば順境の三十年五十年より身にしみた一日が思いやうにも存じます。それにしてもどうしてもこのまゝではいけないと思ひながら、敗残の私にはもう物を云ふ資格もありません。

   鉛筆書きの乱筆切にお容しをねがひあげます。まづは。