目次へ  縦書き

[419] 1932年6月1日(森佐一あて) 下書

  六月一日

お手紙拝誦いたしました。療病に関するいろいろのお心付厚くお礼申し上げます。なかで大分やってゐることもあり心強く思ひました。按腹は三年以来苦しまぎれに続けて居り、水を呑むのは曾て教を得たる西式の一部こゝのみ残存し、海藻はつとめて摂って居り、間食もほとんどしません。たゞできないのはよく噛むこと、いくらさう努めても性分でちょっとよくなるともう上のそらで物を食べはじめるのです。それでも動物性のものの粕をたべるときっと工合がわるいのでそれを噛むときはご飯も噛んでゐるやうな訳です。ご注意もありもっと努力しませう。営養品といふやうなものみんないけません。十二月から四月までは卵もいけませんでした。牛乳は一口呑んでも一日むっとしてゐます。起きてどんどん歩くやうになればいゝのですが。味噌汁のつくり方はあなたのお考じつに卓見です。早速うちへお手紙を見せてこれで三度さういふ作り方をして貰ひました。生味噌をいままでわざとたべたり味噌湯をのんだりあるひは病気の時だけ落し味噌にしたりしながら大きなところではやってゐなかったわけです。じっさい酵素やビタミンなど摂氏何度でこわれるかと云っても何分間でどれだけこわれるまでは定量ができませんから実験にまつより仕方次第です。いままで三年玄米食(七分搗)をうちぢゅうやりました。母のさとから宣伝されたので、私はそれがじつにつらく何べんも下痢しましたが去年の秋までそれがいゝ加減の玄米食によることに気付きませんでした。気付いてももう寝てゐて食物のことなどかれこれ云へない仕儀です。最近盲腸炎(あらのため)を義弟がやったのでやっとやめて貰ひました。学者なんどが半分の研究でほうたうの生活へ物を云ふことじつに生意気です。