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[330](1931年4月21日)鈴木東藏あて 封緘葉書

(表)東磐井郡 陸中松川駅前 鈴木藤三様
(裏)秋田市にて 宮沢賢治

拝啓

御指令に仍て本日当地に着、農務課並びに県農会、県購聯を歴訪致し専らに説明に務め候処いづれも充分の諒解を得候 但し本県は農業技術最幼稚にして昭和二年迄石灰を肥料として用ひたる者皆無に昭和四年全県にて漸くに二千円の消費ありたるのみ本年も到底進んで使用に至らず僅に四五肥料商に売品あるのみらしく候へども各技師の考皆この要を認め、今秋十月全県下の組合の総会にて酸性土壌の改良を大挙して行ふべしとの儀あり、その際の需要量は実に恐るべき者に有之べく、只今より充分県官の諒解を得て明年は大量に注文を得度存居候 本日も小生と前后して秩父セメントの杜員来りて石灰を宣伝し参り候へ共価格相当に高価らしく明年は充分の支度を以て右大量の需要に応じたく存候。尚県の希望により本年は肥料商等に一切卸さざる様との事先は今回の出張は只今として全然失敗に了り候。就ては旅ヒ等一切私持にて帰花致すべく候。今日は角館の旧同級生、明日は大曲の試験場を訪ひ更に諒解を得置度存候。