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[327] 1931年4月13日 鈴木東藏あて 封書(封筒ナシ)

  四月十三日

拝復

貴簡難有拝誦仕候 亦昨日は父参上致し色々御世話様に相成候趣父よりも厚く御礼申上候

本日御照会の○久運送店より申上候由の古叺只今電話にて問合せ候処一枚五銭王厘との事にて到底価格引合はざるべしとの先方よりの詞に有之且つ急の間にも合はざる様子に有之候間重ねて御指図を仰ぎ上候

次に私事本日は気分漸く清快にて熱も退き候間両三日を経て宮城へ出張致すべくその節は朝工場へ御立寄の上色々御指示を得べく候 但し宮城県庁よりは可否共に未だに何等の通知無之候哉 今后の私の小案としては左の如くに御座候

一、岩手県にて約束の十数車を数次交渉して必ず獲得すること。

二、同未注文の分を特に刺戟し、並びに県購聯に単価を低くして(小生持ち)大量売込の運動

三、宮城県小牛田の県技師工藤文太郎氏を通じて農務課に改めて交渉のこと。(泣きを入れることを含む。)

四、同氏を通じて斉藤等の大地主に利害を説きて大量使用を勧むること

五、小牛田附近の白兵戦(組合)

六、県の諒解を得て一流肥料商に一二車宛送ること。

七、秋田県購聯に大量を持ち込む。

先は右乱筆乍ら敢急き申上候

敬具

  鈴木藤三様

宮沢賢治