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[325] 1931年4月9日 鈴木東藏あて 封書(封筒ナシ)

  四月九日

拝復

御手紙八日発の分迄拝見仕候 宮城県出張は何時にても宜敷、旅費も御申越の通りならば虚弱の小生にても充分心配なく旅行致し得るかと存候間御安心願上度、但し宮城県内務部よりの通知にて申込の組合名、数量を知りたる后にては如何に御座候哉。出発の際は一遍工場へお立寄り致す積りには候へ共若し行き違ひありては差支候間この手紙着と共に

一、宮城県庁へ報告の単価、

二、宮城県下組合の所在及名称、

三、宮城県下にて小口扱の関係上肥料店へ卸し売りを行ふや否やに就ての場長殿の御意向、(右は更に県の許可を要すべく候)

四、出張日数合計

以上四件御通知を得度その内第二は御手数なれば私方にて県庁にて調べ申すべく候。

次に水沢金ヶ崎へは当分用も無之次第御安心被成下度昨日は岩手郡雫石村及太田村へ参り候処執れも二噸位宛の注文にて一寸困り候間更に宣伝して相当量を得る間暫時出荷御手控願置積りに御座候。尚盛岡には八戸の品二種入り居り候へ共価格の点にて充分打ち勝ち得べく御安心願上候。

次に只今昨日御送金の壱百円受領書並びに松川局に電報入りたる趣伺ひ、毎度の御迷惑にて甚御気の毒に存候。

昨日岩手郡へ出発の前電報原稿を書き長坂局経由と致し置候へ共郵便局にては右を勝手に解釈して松川駅へ宛てたる趣只今電話にて承り候。今后は
東磐井郡長坂局区内 鈴木様にて

御発信致すべく局の方へも右御承知願置様可然御願申上候  先は。

敬具

鈴木藤三様

宮沢賢治