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[315](1931年3月)佐伯正あて 下書

ご消息、父よりまた生々岩手毎日等より始終承はり居ります。当地滞在中は何かに失礼のみ重ね、遂には疾んでご帰郷へのご挨拶さへ欠きました。にも係はらずその後もいろいろとご心配を賜はりましてまことに辱けなく厚くお礼申しあげます。お蔭様をもって只今は健康全く旧に復し、先月よりは本県東磐井郡松川駅前(猊鼻渓の入口)の東北砕石工場に嘱托としで、入り、主に農業用炭酸石灰の製作と農芸的照会への回答をいたし居りますれぱ何卒ご休神ねがひ上げたく存じます。既に当地も雪消えはじめ山山碧くけぶり出でました。思へば昭和二年の春でありましたか、私ひばや杉の苗さては三日の米をも載せたレアカーをひきながら村へ帰らうとして居りましたとき、あなた様、遙かなみちのくの孤客となって山浄く風あかるいその四月の日曜を漂ふといふがごとくに街を来られ、今日は君は父を訪ふにあらず君と語らんと思ふなど仰せられました。すなはち私あなたにならび村へと行けば、町の外の橋の上であなた波立つ雪融の水の玲たる青を賞せられ、私楊の花芽ベムベロをあなたの郷に送られなばとひそかに思ひ、あなた一れつ崖上の日にかゞやかなこぶしの花をのぞまれましてそはそも何の花ぞと問へばわたくしかれはマグノリアまことこの地の郷花とも呼ぶべきなど申しあげましたとき、すでに橋つきて川水の音後へにありました。あなたにはかに声高くSpringといひFruhringと呼ぶ、さもPrintempはるといふいづれかかゝる水いろの季節の首部にふさへるや、きみはいづれをとらんとすると叫ばれました。そこで、髪赭い*2うなゐの子いさかひにもと怪しんで立ち、クリスチャンなる雑舗の主人、屈んで瞳をこらしました。

しかもあのころ私は心素直ならず人を怒り