目次へ  縦書き

[309] 1931年3月21日 工藤藤一あて 封書

(表)盛岡市上田与力小路 工藤藤一様 御親披
(裏)花巻町 東北砕石工場出張所内 宮沢賢治拝(封印)〆

只今お手紙拝誦いたし何とも感奮の次第、場主とも心を協せまして必らずご期待に添ふやうな良品を更に廉価に作りたいと存じます。就て目下折角試験中でございますが多分今期は十貫二十五銭の分は粒径を一.三粍以下といたし右の新叺入も二十七銭迄出来るかと存じ居ります。但し粒の大さとその調合の割合を如何様にいたしたら稲作中期以后に対して適当に四要素を供給するか確実な資料がなくて甚困って居ります。昨年粒径一分五厘(4.5粍)以下というやうな粗大なもの笹間村附近に大分入りました由成績を集めて見ますと、それでも目に見えて働いてゐたやうでございます。殊に新墾地、湿田、砂質土でよく効いたらしく、本年一月頃同村の石田といふ人二車程小売して歩いた由でございます。

関先生からは「永年の小生の希望が実現しかゝったのを喜ぶ」といふお詞をいたゞき宮城県の内務部からは昨年今年共公文で各農会組合へご推奨を得ました。たゞしその事はどういふご見地からかまだ判りません。本県ではあなた様のご賛同を得たい由場主がしきりに私に申しましたけれども何分にも技術上の問題は懇意とか何とかの情実で一点も左右されるべきでないことをしきりに申し、万一ご試験でも得るならば望外の幸とのみ存じ居りました。幸にご試験の成績から、土性並びに米質に及ぼす影響の優れる点等ありましたら、そのときこそ佐比内の苛性石灰と相呼応して良質廉価の品を多産し他県よりの移入品を完全に駆逐したいと存じます。いづれにせよ工場主も割合に廉潔な直情な男で自治体に関する小著等もありもうけばかりを夢見る我利我利亡者でない点甚私とも共鳴する次第、私とてもこれから別に家庭を持つ訳でもなし月給五十を確実に得れば、あとはこの美しい岩手県を自分の庭園のやうに考へて夜は少しくセロを弾きでたらめな詩を書き本を読んでゐれば文句はないのですから、多分はこの後一般の物価が騰貴して消石灰等が相当高値になった際もこちらは労銀の僅かな差だけで略々今日の価格を維持できること 専らこれを楽しみにいたして居ります。甚だ過ぎたことまで書きつけまして済みません。新らしい供試品は二十五日までに調製発送いたします。そのうち、炭酸石灰に関する諸方使用者の批評工場附近の農家が三十貫とか使ってやった由の試験、粒子表面積の計算等取り集め御監督を仰ぎます。

何分にも今后共ご忌憚なくご叱正を賜はり、種々至らぬ点ご教示を仰ぎ奉ります。

  三月二十一日

宮沢賢治

工藤藤一様
     御机下