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[30] 1917年1月16日 宮澤トシあて 封緘葉書

  (表)東京市小石川区目白 日本女子大学責善寮 宮澤敏様   (裏)盛高農 賢治(封印)〆

御手紙拝見致しました この間休みの終り頃私があなたの東京へ出るのの延びた訳も知らずに何だか宅から追ひ出した様な事を云つたので今でも大分申し訳けなく思つて居ります。

あなたは去年あたり迄は宅でも大分考へながら外に出して置いた様ですけれども今はそんな心配もしない様ですし当然学校はおしまいまでやらなければいけないのですから決して急に学校をやめる様な事は思はないでゆつくり勉強して居つて下さい。私もまあ、大低学校を出てからの仕事の見当もつきました──即ち木材の乾溜、製油、製薬の様な就れと云へば工業の様な仕事で充分自信もあり又趣味もあることですからこれから私の学校の如何に係らず決して心配させる様な事はありません。

あまり勉強し過ぎない様にして下さい。私にも経験はありますけれども余り力一杯の事をするとその時は何ともなくても後で何か急に病気に罹る様な事があるし又そうでなくてもどことなく身体が弱って少しばかりづゝ工合の悪い所があちこちにできて非常にいけないものです。

この間太郎さん達の宿へも行つて見ました。磯さんも先づ折角勉強して居る様であります。先づは 以上。

   大正六年一月十六日