目次へ  縦書き

[254](1930年1月26日)菊池信一あて 封書

(表)弘前歩兵第卅一聯隊第九中隊第二班 菊池信一様 平安
(裏)岩手県花巻町 宮沢賢治(封印)〆

忙がしいなかからお手紙をまことにありがたう。どうかいろいろ気を散らさずに一生けん命やってください。

こゝまでが順調だったのでほんたうに安心してゐます。寒さもまづこれからは下り坂でせうが、それにつけてもおからだを大切にねがひます。お発ちの日は電報をあげやうかとも思ひましたが考へ直してやめました。

南無妙法蓮華経と唱へることはいかにも古くさく迷信らしく見えますがいくら考へても調べてもさうではありません。

どうにも行き道がなくなったら一心に念じ或はお唱ひなさい。こっちは私の肥料設計よりは何億倍たしかです。

軍陣の申によく怖畏を去り怨敵悉く退散するのこれが呪文にもなりあらゆる生物のまことの幸福をねがふ祈りのことばともなります。

いまごろ身掛けでいふなら私ぐらゐの年でこんなことは云ひません。たゞ道はあくまでも道でありほんたうはどこまでも本統ですから思ひ切ってあなたへも申しあげたのです。私もう癒りまして起きて居ります。早くご丈夫でおかへりなさい。