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[23] 1916年9月6日 保阪嘉内あて 葉書

  (表)甲斐国北巨摩郡駒井村 保阪嘉内様
     武蔵国三峯山 宮沢賢治

かすみたる眼あぐれば碧々と流れ来れるまひるの峡流。

荒川の碧きはいとゞほこらしくかすみたる目にうつりたるかな。

あはあはとうかびいでたる朝の雲われらが馬車の行手の山に。

友だちはあけはなたれし薄明の空と山とにいまだねむれり。

峡流の白き橋かもふるさとを、おもふにあらず涙あふれぬ。

大神にぬかづきまつる山上の星のひかりのたゞならなくに。

星月夜なほいなづまはひらめきぬ三みねやまになけるこほろぎ。

こほろぎよいなびかりする星の夜の三峰やまにひとりなくかな。

星あまりむらがれる故恐れしをなくむしのあり三峰神社。

(大正五年九月六日朝)