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[214a] 1925年12月20日 岩波茂雄あて 封書

(表)東京市神田区南神保町十六 岩波茂雄様
(裏)大正十四年十二月廿日 岩手県花巻農学校 宮沢賢治(封印)〆

とつぜん手紙などをさしあげてまことに失礼ではございますがどう かご一読をねがひます。わたくしは岩手県の農学校の教師をして居 りますが六七年前から歴史やその論料、われわれの感ずるそのほか の空間といふやうなことについてどうもおかしな感じやうがしてた まりませんでした。わたくしはさう云ふ方の勉強もせずまた風だの 稲だのにとかくまぎれ勝ちでしたから、わたくしはあとで勉強する ときの仕度にとそれぞれの心もちをそのとほり科学的に記載して置 きました。その一部分をわたくしは柄にもなく昨年の春本にしたの です。心象スケッチ春と修羅とか何とか題して関根といふ店から自 費で出しました。友人の先生尾山といふ人が詩集と銘をうちました。 詩といふことはわたくしも知らないわけではありませんでしたが厳 密に事実のとほり記録したものを何だかいままでのつぎはぎしたも のと混ぜられたのは不満でした。辻潤氏佐藤惣之助氏は全く未知の 人たちでしたが新聞や雑誌でほめてくれました。そして本は四百ば かり売れたのかどうなったのかよくわかりません。二百ばかりはた のんで返してもらひました。それは手許に全部あります。

わたくしは渇いたやうに勉強したいのです。貪るやうに読みたいの です。もしもあの田舎くさい売れないわたくしの本とあなたがお出 しになる哲学や心理学の立派な著述とを幾冊でもお取り換へ下さい ますならわたくしの感謝は申しあげられません。わたくしの方は二 ・四円の定価ですが一冊八十銭で沢山です。あなたの方のは勿論定 価でかまひません。

粗雑なこのわたくしの手紙で気持ちを悪くなさいましたらご返事は 下さらなくてもようございます。こんどは別紙のやうな謄写版で自 分で一冊こさえます。いゝ紙をつかってじぶんですきなやうに綴ぢ たらそれでもやっぱり読んでくれる人もあるかと考へます。

   ご清福を祈ります。

大正十四年十二月廿日              宮沢賢治