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[212] 1925年9月21日 宮沢清六あて 封書

(表)弘前歩兵第卅一聯隊第七中隊第一班 宮沢清六様
(裏)九月廿一日 花巻農学校 宮沢賢治(封印)〆

お便り拝見しました。大演習でも一度熱く燃えなければならない訳ですが、どうか折角自重してください。こちらは変りはありません。先頃は走ってやっと汽車に間に合ひました。あの夕方の黒松の生えた営庭の草原で、ほかの面会人たちが重箱を開いて笑ったりするのを楽しく眺め、われわれもうすく濁った赤酒を呑み、柔らかな風を味ひうるんだ雲を見ながら何となく談してゐた寂かな愉悦はいまだに頭から離れません。いろいろな暗い思想を太陽の下でみんな汗といっしょに昇華さしたそのあとの楽しさはわたくしもまた知っています。われわれは楽しく正しく進まうではありませんか。苦痛を享楽できる人はほんたうの詩人です。もし風や光のなかに自分を忘れ世界がじぶんの庭になり、あるひは惚として銀河系全体をひとりのじぶんだと感ずるときはたのしいことではありませんか。もし四月まで居るやうならもいちどきっと訪ねて行きます。

   九月廿一日