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[195](1921年7月13日)關徳彌あて 封書

(表)巌手県花巻川口町上町 岩田金次郎様方 関徳弥様
(裏)(封印)〆

お手紙ありがたうございました。

お丈夫で誠に結構です。

おせつさまの事は父からも承って居りました。大変残念です。が私の立場はもっと悲しいのです。あなたぎりにして黙っておいて下さい。信仰は一向動揺しませんからご安心ねがひます。そんなら何の動揺かしぱらく聞かずに置いて下さい。

青年会の相談とか何とか色々お辛いでせう。

あなたが好いとお思ひの様に御行動下される外にはあなたの立場は無いでせう。

私は書いたものを売らうと折角してゐます。それは不真面日だとか真面日だとか云って下さるな。愉快な愉快な人生です。

 おゝ。妙法蓮華経のあるが如くに総てをあらしめよ。私には私の望みや願ひがどんなものやらわからない。なるほど祈祷といふものも悪いこともあるでせうな。

 近頃は飯を二回の日が多いやうです。あなたなんか好い境遇に生れました。親と一所に苦しんで行けますから。うちから金も大分貰ひましたよ。左様十五円に二十円に今月二十円来月二十円それからすりに十円とられましたよ。

図書館へ行っ見ると毎日百人位の人が「小説の作り方」或は「創作への道」といふやうな本を借りやうとしてゐます。なるほど書く丈けなら小説ぐらゐ雑作ないものはありませんからな。うまく行けば島田清次郎氏のやうに七万円位忽ちもうかる、天才の名はあがる。どうです。私がどんな顔をしてこの中で原稿を書いたり綴ぢたりしてゐるとお思ひですか。どんな顔もして居りません。

これからの宗教は芸術です。これからの芸術は宗教です。いくら字を並べても心にないものはてんで音の工合からちがふ。頭が痛くなる。同じ痛くなるにしても無用に痛くなる。

今日の手紙は調子が変でせう。

斯う云ふ調子ですよ。近頃の私は。