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[189] 1921年2月24日 宮澤政次郎あて 封書

(表)巌手県花巻川口町 宮澤政次郎様 平安
(裏)大正十年二月廿四日〔封印〕〆

二十二日附のお手紙ありがたく拝誦いたしました。私は変りなく衛生にも折角注意して夜はいつも十時前に寝みますしお湯にも度々参りますしその他すべて仰せの様にして居りますからどうか御安心願ひます。殊に仕事の方は午前中四時間ですから一向一寸の間で疲れも何も致しません。ことさんには一日隔き位にお見舞しては居りますがそんな訳でありますから決して御心配ございません。

さて、寒い処、忙がしい処父上母上はじめ皆々様に色々御迷惑をお掛け申して誠にお串し訳けございません。一応帰宅の仰度々の事実に心肝に銘ずる次第ではございますが御帰正の日こそは総ての私の小さな希望や仕事は投棄して何なりとも御命の儘にお仕へ致します。それ迄は帰郷致さないこと最初からの誓ひでございますからどうかこの段御諒察被下早く早く法華経日蓮聖人に御帰依遊ばされ一家同心にして如何にも仰せの様に世諦に於てなりとも為法に働く様相成るべく至心に祈り上げます。就ては御相談の趣紙面を以て書し上げ奉り皆様御集りの際万一微生の考等をも御参考なさる際にはご覧を願ひます。

総じて申せば唯々皆様早く正道にお入りなされ仏果決定の事が先づ第一と存じます。その他の事はその上ではじめて絶対に重大な問題となることでございます。

一、父上電気会杜常務御就職の趣は余りお忙しくさへ無ければ実に私はお欣び申し上げる次第でございます。

一、とし子の事は充分の御再考を願ひ度く存じます。それも先方による次第ではございますが何分子供を持っての上は随分健康に無理ばかりできると存じますが今少しゆっくりの方が如何でございませうか。

一、太郎さんの職業は茲一ヶ年兵役前は諸方参考の上お定めなく、太郎さんに依って撰定される様致されては如何でございますか。私の考丈けでは当地の方が大変やり易く思ひます。殊に出京後左様に思ひます。学校の御希望は如何でせうか。

一、質屋は出来る丈小規模にして鉄三と徳哉氏とに責任を以て経営する様にさせ純益の半分を分つ様なされては如何でございますか。決して間違ひはありません。総て危なげに見えても大丈夫やるものでございます。尤も月収百円や二百円は当地ではこの不景気の際でも一寸した労働者はみなとりますが質屋の方は従来の関係もあって急に止められなかったならの事でございます。

一般に云へば只今は資本を以て経営するのはあまり利益ではありません。私の所では主人夫掃がやきもき十二時間も働いて月純益三百円位、九時問筆耕するものは月百二十円にはなりみんなの捧給は五百円を越えませう。

一、私は理財の能力が甚欠けて居りますから決して資本の運転はできません。お赦し願ひます。たゞの労働者としてなら何でも致します。